猫と江渡貝くん

換毛期だろうか、と体のあちこちに毛玉を付けた猫を抱き上げながら江渡貝は思った。
この時期の猫は本当によく毛が抜ける。
飼い猫でもないくせに毎日きまった時間になると現れる猫をうんざりしたように江渡貝は眺める。
「なー」
猫は満月のような眼を見開いたまま江渡貝に何かを訴える。
「なー、じゃない。うちの中が毛玉だらけじゃないか」
江渡貝は自分自身のニットについた白黒の毛を払いながら猫を撫でた。
この家の中に住み着く唯一のあたたかな生き物がこれだ。
縁起の悪いはちわれ柄に、演技のわるい、鍵しっぽ。
始めは、作業場を荒らされては困る、と思っていたが、別段何か悪いことをするわけでもない。
気が付けば、そこに存在することを許していた。
「しかし、この抜け毛はどうにかしたいな」
江渡貝は笑いながら言う。猫はそれに答えるようにタイミング良くもう一度鳴く。
可愛げのない声だが、そこがいい。猫の頭を撫でれば、手のひらにはたっぷりの猫の毛がついてしまう。
しかし、ざりざりした紙やすりのような舌で舐め返されるのは悪くない。
お前が撫でて毛づくろいしてくれるなら、こちらもお礼をしようじゃないか。
そんなことを言っているような生意気な目になぜか愛着を感じてしまう。
この家で新たに抜け毛を生み出すのは僕と猫と時々新しくやってくる来客くらいかな。
そんなことを考えていると猫は、急に江渡貝の腹を蹴り、ぴょんと床へ舞い降りた。
ふわりと舞う白い毛がきらきら光っている。
そしてぼさりと毛束も落ちる。江渡貝はうへぇとげんなりした目を向けた。
そして玄関に置いている箒を持ってくる。
床にたまったほこりと猫の抜け毛をばさばさはいて行くが、ふわふわ舞う冬毛がなかなかまとまらない。
「どこの猫だか知らないけれど、きっと育ちが悪いんだ」
じろりと猫に目を向けるが、江渡貝は作業場にいつも置いている煮干しを缶から取り出すと、猫の足元に置いた。
猫の丸い目がありがたそうに細くなり、笑ったような顔に見えた。
それを見て、つられるように江渡貝は猫の目線にしゃがんで、頬杖をついた。
「ゆっくり食べたらいいよ」
そう言って江渡貝はふたたび猫の頭に触れる。
柔らかな冬毛が手のひらにつく。
ときどき感じる固い毛に夏の気配を感じる。

おわり。

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