鶴江渡 よしぺろ小話 原作軸

一応原作沿い。Pixivでは非公開にしていたため、こちらへ再掲載。

腕の届く範囲に彼の身体が入ってくる。華奢な背中に手を伸ばし、強く背中を引き寄せた。あ、と小さく鳴く声を無視して、少し跳ねた焦げ茶の髪に触れた。
もっと、と彼を膝の上へ乗せる。
遠慮がちに腰が浮いている。
「座ってしまって構わない」
「あ……はい」
軍人の身体よりも幾分華奢な体つきをしている。中性的な顔立ちの通り、柔らかでしなやかな、例えるならばすみれのようである。
北海道は気候柄、桜や菫に関しては本州より遅れて咲いており、今も時折道端に紫の花が咲いているのを見かける。何故だか菫を見ると江渡貝を思い出した。
一見目立たない小さな雑草だが、種によっては神経毒を持つ。菫という植物は静かに佇む野草だが、春季に咲かせる花は深い紫色の花が咲き、一枚だけ飛び出た花弁が花弁を非対称にしている。菫の根や種子に毒はあり、江渡貝の人となりと重ね合わせて見てしまう。
江渡貝の元を訪れる前に、江渡貝の雰囲気が菫に似ているという思い付きで、スミレの花を手土産にしようと考えていたが、それは止めた。
菫を手折ることに不気味な背徳感があったからだ。花弁の背後に江渡貝の影を重ねてしまう。
私はお前の死神だ。何時ぞやに言った言葉が不意に蘇った。どうしてこんな時に、と目を閉じて腕の中の暖かな人肌に触れた。あの時とは逆の状況であるというのに、腹の底に眠る冷えた蛇のような感情が牙を剥いている。
今後贋作が出回り、剥製職人を自由にするつもりはない。口を塞ごうか。今なら殺せる、と無防備で弱々しく見える青年の頭を撫で回しながら思ってしまった。
「どうしました?」
不気味な雰囲気を察したのだろう。色素の薄い焦茶の瞳が不思議そうにこちらを見つめていた。
至近距離の無垢な瞳に目が眩む。
「どうもしない」
長い睫毛が見える。整った鼻先、ツンとした唇が薄っすら赤い。
何気なく手の平で輪郭を包んでみる。しっとりと手のひらに吸い付く柔肌は餅のようで、不思議と気分が高揚した。彼が何も言わないのをいい事に、両手で頰を揉んでみる。
むにむにと揉めば、江渡貝はぎゅっと目を閉じてうぅ、と唸る。
「もちもちしているね」
「はい……」
彼は困惑の表情を浮かべながらも、湯上りのような顔をしていた。
赤く茹だった頬に触れた。目鼻立ちがはっきりした、西洋人形のような顔だ。
いつもそうだ、美しいものに惹かれる。
「いい子だ」
どうか怯えないで欲しい、と願いながら江渡貝の顔を引き寄せた。頬骨から少し下へ唇を寄せた。愛おしい、舌先でそこを一度だけ舐め、顔を離した。
少しやり過ぎただろうか。そう思いながら江渡貝に目をやれば、困ったような顔でもじもじと両手をすり合わせていた。
「ありがとうございます」
照れの混じる声。いつもは男前の上がり眉はすっかり下がり眉になっていた。
「あ、あのぉ、鶴見さん」
江渡貝は泣きそうな声で鶴見を呼んだ。額にはうっすら汗が滲んでいた。
「も、もし今度、上手くお仕事できたら、また、して欲しい…です」
「それは、またヨシヨシして良いということかい?」と聞きながらも、江渡貝の返事を待たずにその髪を撫でた。
こく、と頷く子羊の髪を指で梳かす。
引っかかりもなく流れる髪はいつまでも触れていたくなる。綺麗だ、と思う。
「ペロペロ顔を舐め回してしまうかもしれないが、それでもいいの?」
太陽の光が反射して艶めく髪に若さを感じる。彼が輝いて見えるのは陽の光のせいだ、と思いたい。
「それでも、いいです」
そう言うと江渡貝はきゅ、と鶴見の服を掴んだ。胸板に圧力を感じる。江渡貝はそこに顔を埋めるようにした。
「むしろ、それがいいです……」
不意に訪れた沈黙。微かな息遣いすら意識してしまい、柄にもなく鼓動が速くなる。困ったものだ。

「もう少し続けても?」
当たり前のことをするかの如く、頭を撫でて、顔に唇を寄せようようと彼の顎に手をかけた。
「はい、お、お願いします」
疑うことをしらないのか、それとも他に思うことがあるのか。潤んだ目を鶴見に向ける。そんな顔で見つめられれば、恋慕われているように感じてしまう。他の男の前でそんな表情はしないで欲しいと言いたくなる。
先刻と同じように頬の辺りに顔を寄せて犬のように舌先を触れさせた。
まだ唾液で濡れているそこへ躊躇うことなく唇をつけた。少しだけ唇を離してどうかな? と尋ねれば、江渡貝は上擦った声で「好いです」と言った。
視線を上げれば、江渡貝は真っ赤な顔で鶴見をじっと見ていた。酒に酔ったほろ酔いとはこんな気分なのだろうか。気分が良い。唇の先で彼に触れたまま彼の顎先に触れる。
赤く色付いた唇の手前で、鶴見は動きを止めた。不意に道端に咲いていた菫の花を思い出していた。
このまま何も言わずに唇に触れるのには罪悪感があった。この行為は合意の上。仕事に対するご褒美、といえども、唇という場所になった途端、一線を超えてしまう。
「鶴見さん?」
「江渡貝くん、唇に触れても良い?」
江渡貝は茫然とこちらを見返していた。
一間置いて意味を理解したらしい。今にも泣きだしそうな表情で小さく頷いた。
頭を撫でながら、華奢な顎に手を添える。差し出した舌先で江渡貝の上唇を舐め、少し濡れたそこに自らの唇を触れさせた。ぼんやりしている彼の下唇も同じように舐めて触れた。
「鶴見さぁん」
緩い口調で江渡貝は鶴見を呼んだ。滑らかな布地のように江渡貝は鶴見に枝垂れかかる。
「なんだか、頭がぼんやりします」
気持ちいい、と呟いて江渡貝は鶴見の背中へ手を回した。向かい合って密着すれば途端に辺りの温度が上がったような錯覚に陥る。
「うん」
鶴見も同じように江渡貝の背中に手を回した。江渡貝の肩に鼻先を近づけ、彼の匂いを嗅いだ。彼の体臭だろうか。淡く心地良い香りがする。
「僕、においます?」
「ううん、良い匂いだ」
クンクン鼻を近付ければ江渡貝はくすぐったかったのだろう。小さく身を震わせるとふふ、と声を漏らした。
「まだ苦しいかね?」
「よく分からないです。でも、すごく嬉しいです。鶴見さんに恋しているみたいな気持ちです」
じわ、と額あてから汁が漏れ出るのを感じた。まさか彼の口から恋なんて言葉が出てくるなんて。
それでもまだ、彼の中では恋と確定しているわけではないらしい。接吻までしておいて、と鶴見は黒目でぎょろりと江渡貝の目を覗いた。
「江渡貝くぅん」
甘えるように名を呼んだ。本当は顎に手を添えて口唇に吸い付きたいくらいの気持ちだが、今はまだ我慢することにした。
頭を鷲掴み柔らかな癖毛をよく撫でる。すると、心地好さそうに頭を撫でられていた江渡貝がちら、と鶴見に甘えた目線を向けた。
「鶴見さん、また次もよしよしペロペロしてくれませんか」
愛らしい人だ、と鶴見は江渡貝を頭ごと抱き寄せた。膝にかかる彼の体重が少々重いがそれすらも愛おしい。
「いいよ、いくらでもしてあげよう」
まだ、しばらく体温を感じていたい。
日の傾きかけた薄暗い部屋で二人は静かに抱き合っていた。

終わり

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