即興二次創作(15分)からの再掲載。
江渡貝は本を読む。
本を読むことが特に好きだというわけではなく、何となく、そこにある文字を眺めることが好きだった。
通常のメモ用紙よりも幾分か滑らかな紙に、くっきりした文字が浮かぶ空間。
紙と文字だけの成分で構成されているのにも関わらず、じっくり文字を頭の中に流していると、
目の前に川が流れ、街が現れ、気が付けばドラゴンの背に乗っていることだってある。
物語はいつだって江渡貝をどこか遠くの世界に連れて行く。
小説の背表紙をもう一度眺める。
ずっと日に当たっていたため文字が薄れてしまったのだろう。
本のタイトルは背表紙からは読めなかった。
しかし、江渡貝は不思議なことにまっさらな背表紙にひかれてしまったのだ。
開けばそこには毒があるかもしれない。
その先に毒があっても、本の間に虫が挟まっていたとしても、気になってしまったのだ。
気になって手に取れば、何でもない、少年少女が世界を旅する小説だった。
ずいぶん前に映画にもなっていたかもしれない。
何となく、先頭ページを開いた気になっていたが、よく見れば、前半のどこかのページだったらしい。
どうしてこのページが開いたかというと、そこにたまたまなのだろう、紙切れが挟まっていた。
レシートかな、と思い江渡貝はその紙切れを手に取る。
四つ折りにされている。きっとどこかの生徒が挟んだのだろう。
しかし、ずいぶんとふるくホコリをかぶっていたこの本は、長らくの間ここにあったのだろう。
きっと昔ここの学生だった人物が挟んだのだろう。
まるでタイムカプセルみたいだ。
江渡貝は好奇心に負けて、それを開いた。
小さな紙きれを開けばそこには文字が並んでいた。
ボールペンで書かれた文字だ。
「これを読んでいるあなたは、どんな人物なのだろう」
それだけの文字が並んでいた。
なんだか拍子抜けしたような、しかし、文字から自分に語り掛けてきているような気がした。
まるで自分を試されているような、ひとりぼっちで図書館の隅で本を読んでいるような
さみしい学生生活を見透かされているようで、背筋がぞっとした。
どんな人がこの本を借りているのか、と裏の貸し出しカードを見る。
そこにはメモと同じ文字で、鶴見・・・とだけ書いてあった。
おわり