ルチスパ sweet milk chocolate

※ルッチ16歳/長官27歳設定

鳩がくるくると鳴く声がした。
もうそろそろ朝なのだろうか。
青年は窓の外を眺め、時計を持たずにここへ来たことを後悔した。
日付が分かっていても、日が沈まないこの島では外を眺めて今は朝だ、夕方だ等といった判断は難しい。
部屋に戻ってしまえば今現在の時刻ならばすぐにでもわかるのだが、それのためにわざわざ出直す気が今日は起こらなかった。
報告書の提出をする、という事務的な用事なのだから時間を確認しなおしてから失礼のない時間に出直してしまえば良いだけなのだが、何故か今日は気が進まない。
何度目になるのか、扉の前を歩いていると、肩の上にうずくまるようにとまっていた相棒のハットリがクルッポーと鳴いた。いつまでもぐるぐるとしているルッチを急かすよう羽を数回大きくばたつかる。
クルッポー、二回目の大きな鳴き声にルッチは静かにしろ、という意味を込めて口元に人差し指をあてた。察しの良い相棒の事だから普段ならルッチに従うはずなのだが、今日に限っては例外だった。
「中に聞こえるし、朝から迷惑になるだろ?」
本当に朝なのかどうかは分からないままだったのだが、ルッチはそう言った。
了解した、とでも言いたげにハットリはもう一度高い声で鳴き、沈黙が生まれる。しかしそれは少し遅かったようだ。
「・・・ルッチか?」
扉という物質を通しているためだろうか、それとも寝起きだからだろうか。先程まで開けることすら出来ず、何度も見ていた扉から若干くぐもった声が聞こえた。
扉はゆっくりと開くように感じたため、開いていく空間の隙間に紫の毛髪を確認するとルッチは息を飲んだ。まだ心の準備が出来ていなかった。瞬間的に緊張した手が無意識に書類が入った鞄を強く持ち直す。しかし書類が折れ曲がるのは好ましくない、鞄の中身を思い出して手の力を緩める。身体自体も力が入っていたのかもしれない、ハットリが肩の上で体勢を直した。
スパンダムがひょい、と開いた扉から現れるまでにはルッチはいつも通りにと自分を落ち着かせ、口を開いた。実際に扉が開き、ルッチとスパンダムが御対面するまではほんの一瞬のことだったのだが、瞬間に感じた緊張が大きかったためかルッチは普段より大きく疲労を感じた。もっとも、早朝からこんな廊下に待機しているのもその原因の一つかもしれないのだが。
「朝からすみません」
今が何時であるのか確証もないままだがルッチは謝った。軽く頭を下げると伸ばしかけの黒髪が顔を隠した。ルッチが顔を上げるとそこにあったのはへらりと笑うスパンダムで、寝起きに良く見られる苛立った表情ではなかった。
「謝るこたぁねぇって」
もう大概の奴は起きてる時間だって、とスパンダムは振り返り、時計を指差した。指し示された時間はルッチが予想していたものよりも進んでいた。そんなにも時間が過ぎていたのか、とルッチは目を数回しばたかせた。そして、自分が廊下を何度もうろうろしている間もスパンダムは起きていたのだろうかと考えた。もしも起きていたのだとすれば今までのハットリとのやり取りは勿論の事だが、何故かこの辺りをうろついていた不審な行動も知っているという可能性がある。何故なのかと理由を言及されたとしても時間が分からず、入っても良いものなのか迷っていたと言えば良いものなのだ。時間を確認するために戻らなかったことも、そういう考えに至らなかったというだけで、たいした真実はない。しかしスパンダムは起きていたのだろうか。長官は起きていらっしゃいましたか、しかし疑問が口からでることはなく、代わりに出ていったのは「報告書の提出を、」という事務的な言葉だった。
それを聞き、スパンダムはあぁ、と思い出したかのように言った。そして「目を通すから持ってこい」と机に戻った。背中を追いかけるようにスパンダムの部屋に入る。
まだ半分しか空いていないカーテンがスパンダムの机に影を作っていた。そんな影も原因なのだろう、机の上のライトはつけっぱなしになっている。光はまだ手の付けられていないと思しい書類を照らしていた。流石に中途半端に開いたカーテンはだらしがないと感じたのだろう。スパンダムはライトを消灯し、もう一方のカーテンも開けた。カーテンが両面開くと部屋の中がだいぶ明るくなる。
文書も見やすい環境になったことだし、とルッチは鞄から書類を取り出した。先程強くもってしまったため、真ん中のあたりに小さなシワが寄ってしまっていた。指先でその部分を伸ばすとそのシワは緩和されたが、消えることはなかった。シワがなかったとしてもこの上司の事である、珈琲を零したりブレイクタイムなどに口にするジャンクフードの滓がついてしまいがちな運命を辿るのだろう。それを踏まえると、まぁ良いかとルッチは書類をそのままでスパンダムに差し出した。
「先日の仕事についての報告書です」
不備などはないだろう、ルッチはそう思いながらもスパンダムによる報告書の確認を眺めた。割と、この確認作業は時間がかかる。確かに提出する者も自身の書類を確認するがこの多くの文字から誤字脱字、不備など探し出す作業は時間がかかる作業だ。そのため、最近ルッチはその確認作業の間は大きなソファーに身を沈めている。まだ成長段階のルッチは身長自体はスパンダムと同じ位だが、背中はまだ少し華奢ですらりとしている。そのためスパンダムの部屋のやたらに大きなソファーに座った際に沈むような感覚に陥るのだ。

ソファーの革に身を預け、ルッチはスパンダムを見た。そしてもう一度鞄をこっそり開け、鞄の底にある小さな小包に触れる。本当は報告書と一緒に渡すつもりだったものだ。彼らしくもない小包だった。小さな茶色のチュール素材の袋に、スパンダムを思いださせる薄紫色のリボンのかかったもの。これは先程出した務告書の任務地、プッチで土産に見かけたものだった。ふと、目に止まった象の形のチョコレート。
共にハートやらのチョコレートも並んでいた。象以外の形もあったのだが、不思議なことに思い出したのはファンクリードとスパンダムだった。大きく店先に掲げてある看板にはバレンタインデーにはチョコレートを。などと書かれていた。バレンタインデー、本来の意味を忘れて女性が想いを寄せる男性にチョコレート等と共に想いを伝えるなどのイベントの日になっている。ルッチはそれを思いだし、複雑な心境に陥った。
それは決してスパンダムにチョコレートをあげるという状況がおかしいという意味合いではない。複雑なのだ。ルッチ自身、自分の中に湧き出る感情を理解出来ていなかった。任務が上手く行くとスパンダムが褒めてくれる。初めのうちはお金も貰えるし、そのお金で欲しいものも手に入る。それが嬉しかった。しかし時が過ぎることに物欲を満たすことにより得る幸福感よりも褒められている時に感じるそれの方が大きくなっていた。さらに厄介なことに独占欲のようなものを携えていた。他の仲間が任務に成功するのは喜ばしいことのはずなのだが、どうしてもスパンダムの部屋に入るのを目にすると感じる不安と孤独感と独占欲が沸いていた。
今までルッチの胸中を占めていたよく分からない感情が、目の前にあるピンクや赤のハートのコンセプトとオーバーフローした。
あぁ、これは・・・。
(これ、ください)
そう言って象の形のチョコレートを指差すルッチに店の女性はにこりと幸せそうに微笑んだ。
(贈り物ですね。包みはどうなさいますか)
幾つか差し出されたチュールとリボンはどれも華やかな赤やピンクのものばかりだった。その中にシックな茶色のチュールと薄紫のリボンを見つけた。あの人の色だ。

ルッチがその配色を後悔するのはこれを包んで貰ってからだいぶ後のことであった。そう、それは書類を眺める男にこの土産物を渡すかどうかこの期に及んでまだ迷っているこの時であった。
あぁ、これではまるで狙ったかのようではないか。渡す本人をイメージさせるリボンに、象のチョコレート。それに加え、今日はバレンタインデー。ジェネレーションギャップがあるといえども今日がどんな日なのか知っているはずだ。その包みと中のチョコレートは義理だと言って逃げるのにはあまりにも完璧な防壁を築いていて、ルッチには言い訳のしようがない。

かさり、

「不備なし、っと」
ルッチが視線をあげると、肩が凝っていたのだろう、肩を鳴らしながら書類の山に報告書を乗せるスパンダムと目があった。
「お疲れさん」
首を傾げ、肩に手をのせたままスパンダムは言った。
「よかったです。それでは」
---それでは失礼しました、そう言ってルッチは部屋を後にした。ルッチに慌ててついていくようにせわしなくハットリは羽ばたいた。ぱたぱたとその顔の横で数回羽ばたき、定位置に収まった。先程何度も見た扉を後にする。
少し、ルッチはその場に留まった。暫くもしないうちに扉の奥から「おい」だの「ルッチ」だの呼ぶ声が聞こえる。その喚き声を聞き、ルッチはにやりと笑った。そしてその呼び止める声にも振り返えらずにその場を立ち去った。

何だこれは。
茶色可愛らしい包みがソファーの上にちょこんと鎮座していた。
今朝はこんなものはなかった。
でも今はここに出現している。
これはつまり何者かがここへ置いていったということを示唆する。何だかわからないそれにスパンダムは慎重に近づいた。
その包みにはラベンダー色のリボンと小さなハートのメッセージカードが添えられていた。
二ツ折りになっていて開くタイプのメッセージカードだ。開くのはマズイよな、と思ったが、良く見るとそこに書いてある宛名は自分自身ではないか。
そしてその筆跡はどこか見覚えのあるもので。
「おい、ルッチ!」
部屋の外にはもう気配は感じられなかった。あーなどと呻きつつスパンダムは頭を掻きむしった。
溜息をついて手元の机の引き出しを開ける。引き出しの中にはスパンダムが用意したのだろう、小綺麗に包装された箱が入っていた。スパンダムはその小包を手に取り、部屋を後にした。これからこいつを投げ付けてやろうか。そんなことを思いながら。

Dear Mr.Spandam

Dear Lucchi

Happy valentine!

end (20110214)

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