鶴江鶴 永遠に麗しく、菫の花よ 現パロ9(最終更新6/17)

カーテンの隙間から差しこむ陽射しに江渡貝は目を覚ました。
ここは自宅ではない。いつもより狭いベッド、隣から聞こえる寝息。
目をそっと開けば目の前に鶴見が眠っており、昨日の夜のことをだんだんと思い出してしまう。昨日はあんなことを……江渡貝は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。恥ずかしい、けれどもこの気持ちはとても愛おしい。
眠っている鶴見を眺めていると、朝の光に目覚めたのか、それとも江渡貝の視線の圧に気が付いたのか鶴見も目を覚ました。長い黒いまつ毛が震え、ぼんやりした瞳が江渡貝の姿を捉える。
「おはようございます」
江渡貝は目を細め、鶴見の目を見たまま言った。
「うん」
鶴見は寝起きが悪いのだろうか、うんうんと言い布団から出ずに江渡貝を抱き枕にしてしまう。
「鶴見さん、朝ですよ」
「うーん」
「しょうがないなぁ」
いつまでも幼子のようにぐずる鶴見に江渡貝はぷぅと頬を膨らませた。それから、おとぎ話で王子様がお姫様の眠りの魔法を解くように鶴見の唇に触れるだけのキスをする。
「えどがいくん?」
すると魔法から解けたように鶴見は目をぱちくりさせて江渡貝を見た。
「朝起きたときのキス、です」
かぁぁと分かりやすいほどに頬を染めた江渡貝は唇を尖らせて目を逸らしている。
思いがけない江渡貝の行動に照れてしまったのだろう、鶴見も「うん」とだけ答える。
反応が薄いな、と江渡貝は鶴見の方を見た。すると、鶴見も顔を赤くし目線をきょろきょろさせている。鶴見さんも照れることがあるのか、と言いたげに江渡貝はにこにこと鶴見の照れ顔を見つめた。
「んもう、君は突然そういうことするから……」
鶴見はぷんとした顔を作る。次第に馬鹿馬鹿しくなった二人はくすくすと笑い合った。
「あぁ、そうだ。朝ごはんにするかい?」
「朝ごはん! うふふ、鶴見さんと朝ごはん!」
「そうそう、テーブルに座っていて待ってて。洗面所とかは好きに使ってくれていいよ」
「えへへ……お手洗いよって手を洗ったら一緒に作ってもいいですか?」
「うん」
「新婚さんみたいですね」
うふふ、とアホ毛をぴょんぴょんさせたまま言う江渡貝の言葉が、鶴見の胸に突き刺さる。可愛らしい年下の恋人に悶え転げそうになるのを堪えながら二人の朝は始まった。

朝ごはんを作るぞ、と言っても鶴見の家に初めてきた江渡貝には、まだ台所の勝手がよく分かっていない。それを察した鶴見は、食パンの入った袋を江渡貝に渡して、そこのトースターに入れてきてくれる? とお願いする。
江渡貝は嬉しそうに食パンを二枚取り出すとポップアップトースターに二枚、食パンを入れてセットした。
江渡貝がそうしている間に鶴見は卵を二つ取り出して、軽くといたものにちぎったチーズを準備していた。フライパンに油を引くと江渡貝を呼ぶ。
「オムレツにするけど苦手なものとかある?」
「ないです」
江渡貝はそう答えると鶴見の手元をじっと見ていた。血管の浮き出た手の甲。
江渡貝とは年の差を感じされる肌だけれども、昨晩はどこまでも優しく触れてくれた手。
その手は器用に卵をフライパンに流し込むと箸でかき混ぜながらいくつかチーズを入れていく。じじっと焼ける卵の匂いに混ざり、トースターからはふわっと小麦の香りがしてきた。香ばしい朝の香りだ。
「そうだ、そこに紅茶の二人は、もぞもぞと身体を拭いた。
先ほどまでの雰囲気とは違い、気恥ずかしさが返ってきたようだ。
「あ、着替え忘れてきました」
「私もだ……」
同じタイミングで身体を拭き終え、着替えを忘れたことに気が付いた二人は顔を見合わせて笑い合う。
「下着だけ、自分のところから持ってきますね」
「うん、そうしたら私のところにおいで。どうせ君の服は私の部屋の前に脱ぎ捨てられているんだから」
江渡貝は鶴見を誘うためにパジャマの中に仕込んでいた肌着姿を鶴見に晒したことを思い出した。恥ずかしさのあまりに両手で顔を覆いこんでしまう。
「江渡貝くぅん、ベッドで待っているからね」
「わ、わかりましたァ……」
プシューと蒸気を立てながら江渡貝は自室で下着を身に着ける。
そして鶴見の部屋の前に脱ぎ捨てられている地味なパジャマを拾い上げながら身に着けた。
「鶴見さぁん」
江渡貝は鶴見の部屋に入りながら鶴見の名を呼ぶ。
「うん」
ぽんぽん、と鶴見は自分の横を手で示しながら江渡貝を呼んだ。
鶴見もシンプルな上下セットのパジャマを着ている。
江渡貝はベッドの端に座ってどうすればいいのか、と停止していた。
「ほら、もう寝る時間だ」
鶴見に手を引かれ、ベッドに横になる。男二人でセミダブルのベッド。
江渡貝は鶴見よりも小柄だが、身体のはしが触れ合っている。
江渡貝は心臓が壊れないか、と思いながら横になっていたが、隣にいる鶴見の温もりや息遣いにだんだんと緊張が解れていく。
それにしても、ベッドの上で触り合って汗だらけになったはずだが、鶴見はいつの間にベッドメイクを済ませたのだろう。江渡貝は不思議に思い、それを口にする。
「ベッドいつの間にこんなに片付けてくれたんですか?」
「あ……あぁ、君が泊まりに来るから、実はちょっと期待していて」
鶴見曰く、まさか江渡貝から誘いにくるとは思わなかったし、誘われなければ手を出す気はなかったが、念のため防水加工のシーツを普通のシーツの上にかぶせていたらしい。
「なんか僕たち、ちょっと似た者同士ですね」
江渡貝は鶴見の用意周到なのか、そうでもないのかよく分からないところがつぼに入ったのだろうクスクス笑いながら上目遣いに鶴見を見る。
鶴見もちらりと江渡貝を見た。あぁ、これはキスをしたくなる顔だ。
「僕、眠る前に好きな人からキスをされるの憧れなんです。してくれませんか?」
江渡貝のお願い事に鶴見は行動で返事をする。
上半身を起こすと、横になった江渡貝の唇に触れるだけのおとぎ話のようなキスをする。
「これで正解?」
「うふふふ、せいかい」
江渡貝の言葉は少々眠そうだった。
そんな江渡貝の様子を見ていると鶴見もつられて眠くなってくる。
「おやすみ、江渡貝くん」
「おやすみなさい……」
眠る江渡貝に鶴見はそっと起こさぬようにもう一度キスをする。
カーテンの隙間から見える窓の外は良く晴れており、月のない夜空にはいくつもの星が瞬いていた。

カーテンの隙間から差しこむ陽射しに江渡貝は目を覚ました。
ここは自宅ではない。いつもより狭いベッド、隣から聞こえる寝息。
目をそっと開けば目の前に鶴見が眠っており、昨日の夜のことをだんだんと思い出してしまう。昨日はあんなことを……江渡貝は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。恥ずかしい、けれどもこの気持ちはとても愛おしい。
眠っている鶴見を眺めていると、朝の光に目覚めたのか、それとも江渡貝の視線の圧に気が付いたのか鶴見も目を覚ました。長い黒いまつ毛が震え、ぼんやりした瞳が江渡貝の姿を捉える。
「おはようございます」
江渡貝は目を細め、鶴見の目を見たまま言った。
「うん」
鶴見は寝起きが悪いのだろうか、うんうんと言い布団から出ずに江渡貝を抱き枕にしてしまう。
「鶴見さん、朝ですよ」
「うーん」
「しょうがないなぁ」
いつまでも幼子のようにぐずる鶴見に江渡貝はぷぅと頬を膨らませた。それから、おとぎ話で王子様がお姫様の眠りの魔法を解くように鶴見の唇に触れるだけのキスをする。
「えどがいくん?」
すると魔法から解けたように鶴見は目をぱちくりさせて江渡貝を見た。
「朝起きたときのキス、です」
かぁぁと分かりやすいほどに頬を染めた江渡貝は唇を尖らせて目を逸らしている。
思いがけない江渡貝の行動に照れてしまったのだろう、鶴見も「うん」とだけ答える。
反応が薄いな、と江渡貝は鶴見の方を見た。すると、鶴見も顔を赤くし目線をきょろきょろさせている。鶴見さんも照れることがあるのか、と言いたげに江渡貝はにこにこと鶴見の照れ顔を見つめた。
「んもう、君は突然そういうことするから……」
鶴見はぷんとした顔を作る。次第に馬鹿馬鹿しくなった二人はくすくすと笑い合った。
「あぁ、そうだ。朝ごはんにするかい?」
「朝ごはん! うふふ、鶴見さんと朝ごはん!」
「そうそう、テーブルに座っていて待ってて。洗面所とかは好きに使ってくれていいよ」
「えへへ……お手洗いよって手を洗ったら一緒に作ってもいいですか?」
「うん」
「新婚さんみたいですね」
うふふ、とアホ毛をぴょんぴょんさせたまま言う江渡貝の言葉が、鶴見の胸に突き刺さる。可愛らしい年下の恋人に悶え転げそうになるのを堪えながら二人の朝は始まった。

朝ごはんを作るぞ、と言っても鶴見の家に初めてきた江渡貝には、まだ台所の勝手がよく分かっていない。それを察した鶴見は、食パンの入った袋を江渡貝に渡して、そこのトースターに入れてきてくれる? とお願いする。
江渡貝は嬉しそうに食パンを二枚取り出すとポップアップトースターに二枚、食パンを入れてセットした。
江渡貝がそうしている間に鶴見は卵を二つ取り出して、軽くといたものにちぎったチーズを準備していた。フライパンに油を引くと江渡貝を呼ぶ。
「オムレツにするけど苦手なものとかある?」
「ないです」
江渡貝はそう答えると鶴見の手元をじっと見ていた。血管の浮き出た手の甲。
江渡貝とは年の差を感じされる肌だけれども、昨晩はどこまでも優しく触れてくれた手。
その手は器用に卵をフライパンに流し込むと箸でかき混ぜながらいくつかチーズを入れていく。じじっと焼ける卵の匂いに混ざり、トースターからはふわっと小麦の香りがしてきた。香ばしい朝の香りだ。
「そうだ、そこに紅茶のティーバッグとマグがあるから、お湯を注いでおいてくれるかい」
鶴見は電気ポットを指すと江渡貝の後姿を幸せそうに見つめた。まるで自分の子のような年頃の子だが、鶴見のパートナーである。可愛くて愛おしくて、家族が増えたような気がして気持ちが浮足立ってしまう。
「つーるみさん!」
ぼんやりしていた鶴見に江渡貝は声をかけた。
ちょうどチーンとポップアップトースターの中に入れていたパンも焼きあがったらしい。
熱々のトーストを皿に乗せ、簡単な作りだが、ミニオムレツを横に添える。
「わぁ、美味しそう。ホテルの朝食みたいです!!」
江渡貝は鶴見がテーブルに並べた朝食を見て目をキラキラさせて喜んだ。
「そう言ってもらえると、作り甲斐があるね」
いただきます、とさっそく江渡貝はオムレツを口にした。
空気を含みふわりと仕上がったオムレツの卵。しかしその中に入ったミックスチーズの塩気が美味しかった。びよんと口の端にチーズが伸びる。江渡貝は伸びたチーズを指先で口の中に入れながら恥ずかしそうに鶴見を見た。
鶴見もにこにことしたままトーストにバターを塗っている。
「な、なにかおかしいです?」
「ううん、べつに……」
江渡貝の一挙一動が可愛らしくてにまにましてしまう、なんて言い出しても良いのだが、それは胸の内に秘めておくことにした。
「はむ」
そんな心境を鶴見が抱えているとは露知らず、江渡貝はトーストを食べる。
「美味しい……これどこのですか?」
「コンビニで買ったやつだけど」
「そういえば、そうでしたね」
江渡貝はよく見かける食パンの袋を思い出しながら食事を続ける。
そして、ひとつ、鶴見の言葉を思い出していた。
それは、初めて表参道で二人で歩いている時に鶴見が言った言葉だった。
『でも、遠くから見ておれは完璧だと思ったんだが、違うのかい』
そう、それは、江渡貝が手作りの服を偽物のロリイタだと自虐しているのに対して鶴見が放った言葉だった。その一言はまるで魔法のように江渡貝を本物のロリイタ服を着た江渡貝に変えてしまったのだから。
きっと鶴見と一緒だから、ふたり一緒で幸せだからこんな風に何でもないこともすごく幸せなことのように感じているのかもしれない。
江渡貝と鶴見の魔法のような時間はのんびりと過ぎていく。

朝食を食べ終えた二人は食器を片付けるために再び台所に行く。
すると江渡貝は「あ」と声をあげた。
「あの、洗い物は僕がしてもいいですか?」
「お客様なんだし……」
「えっと、その、いいから。ちょっと待っててください」
押し問答の末、一旦その場からいなくなったかと思えば、江渡貝はふりふりのエプロン姿で鶴見の前に現れた。
「何かできることあったらいいなって思って持ってきたんですが、変でしょうか」
もじもじ手をこねくり合わせるのは江渡貝のくせらしい。赤いギンガムチェックにフリルとハート型のポケットが付いたエプロンだ。鶴見に見せたかったのだろう。
わざとらしく動き回り後姿のリボンまでちらりと江渡貝は鶴見に見せる。
「そのエプロン、汚れてしまったら困らないの?」
こんなに可愛らしく縫製にこだわっているエプロンだ。どこかで購入しても、作ったにしても安物ではないのは確かだろう。
「よ、よく見てくださいッ! お家で普段使っているから大丈夫です!」
ここなんて、プリンの染みがあるんです、と江渡貝は誇らしげに言った。
その様子が健気で可愛らしくて、しょうがないな、と鶴見は江渡貝に洗い物を託す。
鶴見は江渡貝の隣で皿を拭いたり片付けたりすることにした。
一人暮らしをしているだけあって、江渡貝の家事は手慣れていた。裁縫もこなすだけありやはり器用なのだろう。
「二人でするからすぐに終わったね、ありがとう」
「いいえ、こんなのちょちょいのちょいです」
うふふ、と江渡貝は笑いながらふと時計を見た。
時計の針は十一時を示していた。その数字を見た江渡貝は急に寂しそうな表情に変わる。
「そ、そうだ。明日からまた学校だし……夕方前には帰らないといけないんですよね」
鶴見も時間を見て頷いた。名残惜しそうに言われれば帰したくなくなってしまう。お互いに一人暮らしのため、そのまま制服などを揃えればここから登校できなくはないが、世間がそれを許さないだろう。
「でも、まだ時間はあるし、まだまだたくさん会えるから」
「はい……でも、帰りたくない。鶴見さんと一緒にいたい」
鶴見も江渡貝の気持ちは理解できた。しかし、江渡貝の願いを叶えるとお互いの身を滅ぼしかねない。鶴見は心を鬼にして江渡貝のわがままなお願いをつき返した。
「だめ、だめだめ。江渡貝くん、お互いに浮かれていてずっと一緒にいたい気持ちはわかるよ。でもね、私たちは教師と生徒の関係なんだ。だからわかるよね?」
泣きそうな江渡貝の頬に鶴見は唇を近付けた。
ぽろぽろと零れ落ちる江渡貝の涙が鶴見の口の中で解けていく。
「私だって、帰したくないんだ……」
鶴見がぽつりともらした本音に江渡貝は鶴見の顔を見る。
「うん……僕、ちょっと焦ってしまったのかもしれないです」
「焦る?」
何に焦っているのだろう。男子高校生の考えることはよく分からないと鶴見は江渡貝に訊き返す。
「鶴見さんともっとキスしなきゃとか、えっち……最後までしなきゃとか」
あぁ、そういう年頃か。鶴見は妙に納得しながら江渡貝の頭に手を置いた。たしかに高校生くらいの子は経験の有無や進捗を気にする傾向にある。まだ説明しないと分からないか、と鶴見はふぅと息を吐く。
「最後までは、やっぱりすぐは難しいから。江渡貝くんの身体が傷ついてしまったら私は嫌だったからまだ触れ合って気持ちよくなったり、ちょっとずつ進めていった方が良いと私は思うんだ。だめかな?」
鶴見の言葉に江渡貝は首を傾げた。江渡貝はまだあまり男同士でのセックスの進め方をしらないのかもしれない。鶴見は江渡貝が持ってきた鞄にもコンドームが入っていただけであったことからそう推測した。
「あー……そうだ、私の本棚に」
「あ!」
江渡貝のしまった、という顔を見て鶴見は江渡貝が本棚のヒミツのコーナーを見てしまったのだと察する。見られても良いのだが、少々恥ずかしい。
鶴見は持ってきた本のカバーを外すと男同士の性行為の本が入っていた。
一番まろやかな表現のページを指し示せば、江渡貝は「おぉ」と低い声を出した。
そして静かに本の表紙を閉じると「ゆっくり、進めましょう……!」と言うと鶴見の手をがしっと握った。

「そうだ、江渡貝くん」
鶴見は話題を切り替えるように立ち上がった。
「実は、本日最後のお楽しみ、鶴見先生のお家でアフタヌーンティーを開催しようと思いまーす」
教師らしく、でも少しおどけた調子の言い方が面白くて江渡貝は思わず噴き出した。
きらりと目から星を出して言う鶴見に江渡貝は「アフタヌーンティー?」と訊き返す。
「ふふふ、今日のためにお家で簡単アフタヌーンティーセットを用意したんだ」
お家でアフタヌーンティーセットですって、と言わんばかりに江渡貝も目を光らせる。今まではちょっと高いホテルやカフェでなかなか手を出せなかった憧れのアフタヌーンティーだ。整っていた江渡貝の顔はくしゃっとした笑顔になる。
「うふふふっ、何それ、嬉しいですっ!」
怪しげな笑い方も江渡貝の気分が昂っている時の特徴だ。ここまで素直に喜ばれると自然と鶴見は誇らしげな表情で笑っていた。
「まだ午前中だから、十二時過ぎてお腹がすいてきた頃に食べたいね」
そう、時間はまだ早い。ゆっくり朝食を食べ過ぎた、というのもあるのだが、名前の通り午後から開催すべきであろう。
「準備は何をすればいいです?」
江渡貝の質問にも鶴見はすらすらと答えた。江渡貝が家に来ると決まった日から計画していたのだろう。
「焼き菓子とかお菓子は準備してあるから準備は必要ないかな。あとはサンドイッチとつまめるものがあれば最高だね」
「最高!」
二人は同時にうふふふと笑う。鶴見のそれは、江渡貝のモノマネだ。
「きっと楽しいかなって」
「うん、きっと楽しいです。それに、焼き菓子……」
昨日から贅沢ばかりしていて、僕大丈夫かな、と腹を擦りながら呟く江渡貝に対して鶴見は江渡貝をよしよしと抱きしめながら「大丈夫だよぅ」と甘やかす。
「太っちゃったら鶴見さんのせいですからね」
江渡貝はツンツンと鶴見のわき腹を突きながらそっと、鶴見の肩に寄り添った。
あ、そうだ。と鶴見は言うと食器棚から三段重ねのケーキスタンドを持ち出してきた。
「段々のお皿も実は買っちゃった」
「ひゃ、高そう」
江渡貝はそう言って、遠めにケーキスタンドを眺めた。
「ううん、千円しないから……」
苦笑いしながら鶴見はケーキスタンドの縁を叩いた。
「持ってみて」
鶴見は江渡貝にケーキスタンドを差し出した。渡されたものを恐る恐る持ってみれば、思いのほか軽い。プラスチック製のもののようだ。確かに最近では雑貨店でも並んでいるのを見かける。ずっと持っているわけにもいかない。江渡貝はケーキスタンドを鶴見に返しながら口を開く。
「いいなぁ、これなら毎週アフタヌーンティーができちゃいますね」
「うん、来週もうちに来るかい?」
「いいんですか?」
「もちろん。外食ばかりじゃお金もかかるし、ここなら堂々と君と」
そこで鶴見は口をつぐんだ。その先に続く言葉があるのならきっとこうだろう。
「恋人同士らしく過ごせる、ですか?」
どこでそんな言葉を覚えてくるのやら、と半分呆れながらも鶴見も江渡貝に自分の言葉を重ねる。
「あぁ、人目も気にせずに」
一目も気にせずに、と鶴見が言った瞬間江渡貝はちらりと鶴見の方を見た。
「あの、鶴見さん。お願いがあるんですけど」
やはり江渡貝はもじもじと両手で服の裾を持っている。何かお願いがあるのだろう。
「うん、なんだい?」
「やっぱり来週は表参道とかお外デートにしましょう」
来週もお家デートがしたいのかな、と考えていた鶴見は意外そうに江渡貝の声に耳を傾けた。江渡貝は頬を紅潮させて話し始める。
「ぼ、ぼく……ひらひら着てきてもいいですよね? そ、それでなら、鶴見さんと少しは恋人らしく振舞っても変じゃないかな……って」
江渡貝はそこまでを一息で言うと、しゅんと下を向き小さな声で続けた。
「やっぱり、そんなの嫌ですよね。こんな女装した人間となんて」
先日、他人から言われた言葉で、心を傷つけてしまったのだろう。江渡貝は寂しそうに言った。初めて見たときに完璧なロリイタファッションを貫いているのにかかわらず気弱そうに歩いていた江渡貝の姿を思い出す。
「……表参道、原宿方面なら、ひらひらでも目立たないし良いと思う」
鶴見は、あのファッションの江渡貝ももっと見たいと思っている。だんだんと会うたびに気弱そうなイメージはなくなり、自信をもって麗しく歩いている江渡貝を見たい。しかし、やはり、目立つものは目立つ。
目立たずにでも、江渡貝と外デートを楽しむのならばどうすればいいか。鶴見には一つだけ策があった。
「ただ……やはりいちゃいちゃすると目立ってしまう気もする。だから、いい案があるんだ。江渡貝くん、来週は表参道のーー出口で待ち合わせでいいね?」
「え、ん? いいんですか?」
だめだ、と言われると思っていたのだろう。江渡貝はぽかんとした顔で返事をした。
「ふふ、私のスイーツ脳を舐められちゃ困るね」
もっとも昨晩、江渡貝は鶴見のスイーツ脳の脳汁を舐めている。
しかし、江渡貝には鶴見の策略とやらはまったく分からなかった。

「まぁ、策略はおれが来週までに考えておこうかな」
「はい」
一体何を考えているのだろう、と言いたげに江渡貝は鶴見を見る。
「それは来週までのお楽しみかな。今は、とりあえずアフタヌーンティーに向けてサンドウィッチでも作ろうか?」
ジャーンと言いながらケーキスタンドを掲げる鶴見に江渡貝も頬を緩ませた。
鶴見はサンドウィッチ用の薄切りの食パン、生ハム、グリーンカールにスモークサーモンを用意していたらしい。丁寧にそれらを並べると江渡貝の隣に近づいた。
「何か食べられないものはある?」
「全部美味しそうです……!」
江渡貝は見慣れぬ調味料や、すでに綺麗に切られているピクルスとブラックオリーブを見て、大人みたいだと感動している。
「そうだなぁ、じゃぁ、こっちのパンはオーブンで四分ほど焼いてくれるかい」
「はーい」
「それから、このパンには薄くバターを塗ってくれる?」
「了解です!」
江渡貝がパンを焼いたり、バターを塗ったりしている横で鶴見は可愛らしい皿にミニサラダを盛り付けていた。丸く盛り付けられたポテトサラダに粗びきこしょうを少々。ベビーリーフを飾り付けたものはまるでカップケーキのようだった。
そんな様子を見ている間に食パンは焼けたらしい。ミトンを付けて食パンを取り出した。
「焼けました!」
鶴見を呼べば、鶴見はささっとやってきて江渡貝の隣に並ぶ。
「こっちはサーモンのサンドウィッチ。こういう風に並べて……」
鶴見に教わる通りにサーモンを並べていく。最後に蓋をするようにトーストした食パンを重ねた。それから鶴見はバターを塗ったほうのパンに手を伸ばした。
「こちらはハムのサラダ」
鶴見が江渡貝に示したハムは普段あまり食べる機会のないタイプの生ハムだった。生ハムの隣にはスーパーでよく見かける特価のレタスではない、小綺麗な生野菜が並んでいる。
「生はむ」
「ふふん、ちょっと贅沢しちゃった」
「鶴見さん……すきっ!」
ぎゅっと江渡貝は急に鶴見に抱き着くと、ぱっと離れた。
「んもう、江渡貝くんったら」
そう言いながらも鶴見は鼻歌交じりに生ハムを並べていく。
江渡貝は小綺麗な生野菜、グリーンカールの水気を取りながら、その上に乗せていく。
「どうして鶴見さんはそんなにこんなに良くしてくれるんですか?」
ふんふんハミングしながら江渡貝は鶴見に何気なく尋ねた。
「え、えっと……そりゃ、おもてなし?」
少々誤魔化しながらの返答に江渡貝は「おもてなしなんですか?」と聞き返す。
鶴見は生ハムのサンドウィッチにも蓋をして、サーモンのサンドウィッチと重ね合わせた。その上にまな板を置いてしばし時間を置く。
江渡貝の質問に鶴見は時間をおいてから、ゆっくり息を吐き出すように答えた。
「……江渡貝くんを好きだから」
「あ、え、えっと」
それを聞いた途端江渡貝は挙動不審に目をきょろきょろさせて、空いた手をふわふわ動かした。昨日にも言われた言葉だが、鶴見が照れながら言っているとなんだか心がむずかゆかった。ぴこぴこしながら挙動不審になってしまった江渡貝に鶴見は言う。
「もぉ、江渡貝くんが大好きなんですよー」
再び正面から言われ、江渡貝は思わず、鼻息を荒くした。
「もう、サンドウィッチは切っちゃうからね」
鶴見は良い塩梅に出来上がったサンドウィッチを四等分に切っていく。
すでに耳のついていないパンを使っているためその作業は省略だ。
鶴見はざくざく慣れた手つきでサンドイッチを三角形に切っていった。
「これでよしっ!」
鶴見は菜箸を持つと、ケーキスタンドの一番下の段にサンドウィッチを乗せていった。
空いたスペースにポテトサラダ、それから、いつの間にか鶴見が下ごしらえしていたピックに刺さったピクルスと黒オリーブが飾られていく。
一旦鶴見は調理に使っていた包丁やまな板を片付けると、冷蔵庫から小綺麗な箱を取り出して江渡貝に差し出した。
「開けてごらん」
消費期限のシールをはがして中を覗けば、アフタヌーンティーにちょうどいいサイズの小さなケーキが数種類入っていた。また、鶴見がもう一つ取り出した紙袋には、スコーンが二つ入っていた。
「江渡貝くん、それを二段目に飾ってくれるかな」
鶴見に頼まれると江渡貝は嬉しそうに頷いて、ゆっくりとケーキを並べていった。
赤いフランボワーズの香りのするムース、正方形で一口サイズのチョコレートケーキ。
薄黄色のレモンのクリームが乗ったミニタルトの三種類だ。
「こうしたら可愛いかな……」
独り言を言いながら江渡貝は、まるでお洋服みたいだな、とケーキやサンドウィッチの並びを見ながら考えていた。飾り付けられていって、最後にはアフタヌーンティーというファッションショーに出て美味しく食べてしまう。華やかなケーキの間にあえてシンプルなスコーンを並べる。
まるで色々なジャンルの洋服屋のショーウィンドウを見ているような気分だ。
「できました!」
「うん、ありがと!並べ方も可愛いね」
鶴見はそう言うと小さな小皿三種を用意していた。
ジャーンと言いながら見せてきたものはクロテッドクリーム、バターに苺ジャムだ。
「クロテットクリームは通販で買ったやつだけどね」と付け加えながら鶴見はその三つをテーブルへ運んで行く。
「そうそう、一番上にもお菓子を乗せないとー」
江渡貝くん、冷蔵庫あけて、ピンクの箱をだして、と鶴見はキッチンに戻りながら言う。
人の家の冷蔵庫を軽率に覗いても良いのだろうか、と思いながら江渡貝は鶴見の冷蔵庫の持ち手を取った。鶴見先生はおしゃれだし、中にミネラルウォーターしかはいっていなかったらどうしようと江渡貝は不安に思いながらも、バタンと冷蔵庫を開けてみれば、意外にも庶民的な冷蔵庫の中身だった。
何故か常温保存可能なスナック菓子まで入っていた。
鶴見の言っていたピンクの箱は江渡貝のすぐ目の前に鎮座していた。
よく見れば、この箱の外側に印刷されているロゴはスイーツで有名なお店の箱だ。
その上にも小さな茶色い箱が一緒に置いてあった。こちらは以前鶴見と一緒に行った軍曹のような店員のいたカフェの名前が印刷されている。
これは共に食べるのかなと江渡貝はそれも出しておく。
戻ってきた鶴見は江渡貝に微笑みかけると、両方の箱を開いた。
中に入っていたのは、可愛らしい苺とピスタチオのマカロンだった。
それから、茶色い箱の方には真っ赤なハートのショコラ、それからシンプルな茶色いショコラだった。
「ちょっとお菓子が多すぎたかな……」
「普段の鶴見さんはもっと食べていますよ」
江渡貝の突っ込みに鶴見は渋い顔をしてみせる。
「甘い物たくさん食べたって良いと思いますよ。鶴見さんは僕の好きなものを初めて認めてくれた人だから」
「江渡貝くぅん」
そして、鶴見はきゅるんとした顔をして見せた。拗ねたような顔も似合う四十代もそうなかなかいないだろう。
最後の段は二人でじゃれ合いながらマカロンとショコラを乗せていく。
沸騰した湯を温めたポットに入れた鶴見は満面の笑みを浮かべている。
鶴見は慎重にテーブルにケーキスタンドを運び、その後ろを付いていくようにして江渡貝はティーポットとティーカップの乗ったトレイを持つ。
これで、アフタヌーンティーの準備は完了だ。

「それでは……」
鶴見は重い声を発しながら椅子に座る。
「はい」
江渡貝もそれに合わせるようにして、ゆっくりと返事をした。
「では、いただきます」
二人は息を合わせるようにして言った。
アフタヌーンティーは基本的に下の段に軽食が置いてあるため、下の段を食べてから次の段へ、次の段を食べてから次の段と食べていくことがマナーであるらしい。
置いてあるスイーツ等も二口でいただくなどもあるらしいが、そこまでのマナーは求めずに進めていくのが鶴見と江渡貝のアフタヌーンティーだ。
「鶴見さんのサンドウィッチ~」
江渡貝は鶴見が先ほど作っていたサンドウィッチに手を伸ばした。
自分の分を小皿に乗せ、にこりと笑顔を作り、スモークサーモンのサンドウィッチを一口口にした。焼いたパンに燻製された薄切りのサーモン。どうしてこちらだけパンを焼くのだろうと疑問に思っていた江渡貝だったが、一口口にして、納得した。燻製された香りとトーストされたパンの香りが非常に合う。恐らく、大人であれば酒のつまみにも合うような少し濃い目の味付けだ。もう一口、大きく口をあけて江渡貝はサーモンのサンドウィッチを食べ終えた。
もう一つの生ハムのサンドウィッチにも手を伸ばす。こちらはきめ細かいしっとりしたパン生地に生ハムと葉野菜が丁寧に挟まれていた。ふわりと柔らかに香るのはハムの香りだ。そこにツンとしたグリーンカールが香ってくる。コンビニで食べるようなハムとレタスのサンドウィッチとは違う香りに、江渡貝はどきどきしながら口付けた。
柔らかなパン生地の次に歯に触れるのは、グリーンカールのしっかりした食感だった。そして辿り着く生ハムは柔らかく、塩気が心地よく舌の上に広がる。
次はしっかりと噛み締めれば薄く塗ったバターの甘味も感じられた。鶴見が用意していたどこまでも優しい味に江渡貝は食べることに夢中になってしまいそうだった。
「はぁ……鶴見さん、美味しいです」
「うふふ、ありがとう。そんなに蕩けた顔で言われると嬉しいなぁ」
きっと世界一の一流ホテルでだってこんなに美味しいものは作れない。江渡貝はそう思ったが、なんだか大げさな気がして、心の奥にしまっておいた。
江渡貝の心に生まれたこの気持ちは、まさに鶴見が江渡貝の服装に魔法をかけた時と同じことが起きている。世界一美味しい、江渡貝がそう思えば鶴見にとっては何気ないサンドウィッチであっても世界一美味しいものになる。
鶴見はぽりぽりピクルスを齧りながら言った。
「僕も」と江渡貝は鶴見の真似をしてピクルスを齧る。
愛おしい。鶴見がこんなに愛おしい人に出会ったのは人生で二度目のことだった。
過去に妻子がいたのだが、不慮の事故で亡くして以来、鶴見は人に対する感情が薄れていく日々を送っていた。しかし、表参道で江渡貝に出会い、何度も話し相手になって欲しいと鶴見は思った。こんな感情は妻や子供がいた頃以降初めての感情だった。
法律が許さないが江渡貝と共に暮らすことができたら、恋人でもあり家族のようになれたら、と鶴見は考える。
「江渡貝くん」
鶴見は軽い調子で江渡貝の名を呼んだ。お菓子の乗った二段目の皿を物色するふりをしながら江渡貝の「なんですか」の返事を聞く。
「いつかこのままこんな風に一緒に暮らしたいね」
鶴見はチョコレートケーキをうまく皿に移しながらそう言った。その手は少し震えていたせいだろう、チョコレートケーキは横に倒れてしまっていた。
江渡貝もチョコレートケーキを皿に取り、一息つくと鶴見の方に身を乗り出した。
「いつか……いつかっていつです?」
できれば今すぐにでも、と答えたいところだが生徒と同棲しているのは流石にマズイ。
少なくとも鶴見がこの学校を去る、もしくは教師をやめるか、江渡貝が卒業するまでは同棲するのは難しいだろう。
「来年卒業だったっけ……」
鶴見は江渡貝に確認する。来年の春ごろに引っ越しならば気分も晴れやかかもしれない。できれば、江渡貝が鶴見のマンションに越してきてもらうのが早いのかもしれない。
「そうです」
江渡貝は淡々と答えた。皿の上のチョコレートケーキは半分になっている。
「あと少しかな。春、卒業式が終わってから」
「春ですね」
江渡貝は残り半分のケーキを食べている。黙々と食べている。部屋の中の静けさに鶴見は不安を覚える。とん、と皿を置いた江渡貝は顔を上げると、ふわっと笑った。そこだけ春が来て花が咲き始めたような雰囲気が漂っていた。
「鶴見さん……僕も鶴見さんと一緒に暮らしたいです。僕たち、結婚はできないけれど、一緒に過ごす時間が長ければいつかホンモノの家族になれるかもしれないなって思うんです。家族っていうか恋び……うぅっ、はずかしい!」
ポンと江渡貝の周りには花が咲いているように見える。学校内にいる間は表情を表面にあまり出さない子なのだろう。あまり何を考えているのか分からない生徒だった。
江渡貝をよしよししながら鶴見は江渡貝のつむじを見た。
鶴見から見て、江渡貝は学年一位という成績だけが特別目立っているくらいだった。
しかし、江渡貝はこうして表参道で会うようになっていても、成績はまったく変化がない。相変わらず学年トップ、ほとんどの教科で満点、しかも全国模擬試験でも上位に食い込んでいるばけものじみた一面だ。これは鶴見が江渡貝に驚いていることの一つだ。
「そういえば大学はA大学受けるんだっけ?」
「うふふ、そうです。色々やりたいことがあるから楽しみです」
服飾系に進むのかと思っていた鶴見だが、意外にも江渡貝は経済系に強い大学に進むことに決めていたようだ。
「A大学ならここからも近いね」
鶴見は江渡貝からの次の言葉を引き出すためにずるい台詞を吐く。
「そうですね、あの……」
江渡貝は遠慮がちに鶴見を見た。ケーキを食べる手は止まっている。
「鶴見さんと一緒に暮らす話……本当に一緒に暮らしたくって」
江渡貝はもじもじしながら続けた。
「お家の生活費とかアルバイトするし、あの、あの……」
しょうがないな、と呟いて鶴見は江渡貝の言いたい言葉を先回りしていってしまう。もっとも、先に鶴見が江渡貝との同棲について言いたかったのだが。
「高校を卒業したら、私のここの家に一緒に住まないかい?」
鶴見の言葉に、混乱していた自分を落ち着けるためだろう。
残りのチョコレートケーキを食べて、スコーンを一口分食べて、最後に紅茶を飲んだ。
混乱し百面相をしているような状態の江渡貝を眺めながら鶴見は気長に江渡貝の返事を待つ。クロテットクリームを塗ったスコーンを片手に持ち、切り分けもせず、そのまま齧りつきながら江渡貝のことを眺めている。
「は……はいっ、お願いしますっ!」
江渡貝はピンと腕を張り鶴見の方に手のひらを差し伸べた。しょうがない子だ、と内心思いながらも、鶴見は江渡貝の手を握りゆるゆると振って見せる。
「春が楽しみだね」
鶴見がそういうと、江渡貝は口の端にジャムを付けたまま目を潤ませて、何度も何度も頷いた。
「付いてる」
鶴見は江渡貝の口の端のジャムを人差し指で拭った。すると、昨日の夕食時に鶴見が、江渡貝の口の周りの食べこぼしを食べてしまったのを思い出したのだろう。
江渡貝は鶴見の手を取ると、人差し指を自分の口に入れた。
「え、えどがいくぅん?」
果たしてどちらの行動の方が恥ずかしいのやら。鶴見に声を掛けられ、江渡貝は我に返った。鶴見の指を口に含んでジャムを舐めるなんて、はしたない!
江渡貝は顔を真っ赤にして両手で自分の顔を覆った。
「ご、ごめんなさい」
「いや……ちょっとびっくりしただけ」
まさか別の事を考えてしまっていたとは言えず鶴見は赤面を隠すように頬杖をついた。
「それにしても、このスコーン美味しいね。そのジャムも美味しそうだし私もジャムで食べてみようかな」
変な空気を変えるように鶴見は話始める。江渡貝もそうですよね、とスコーンにクリームをつけたり、バターをつけたりして楽しみ始めた。
二段目の最後に食べるのはレモンの香るチーズタルトだ。ここまでくるとゆっくり紅茶を飲みながら食事をしているということもあり、少々お腹が張ってくる。
それでも小皿にタルトを乗せ、香りを嗅いでしまえば、喉がごくりと鳴り唾液がじゅわりと口の中を潤していく。そっとナイフとフォークで切り分ければ、しっとりしたタルト生地に中のレモンチーズのクリームの断層が美しく江渡貝たちに食べられるのを待っていた。大きく口を開け、そっとその柑橘の貴婦人を口に誘い入れる。
まず香るのはマスカルポーネチーズの酸味の強い香り、そこに混ぜてあるレモン果汁が遅れて香ってくる。そして噛み締めればサクサクしっとりのタルト生地。また、中のクリームには刻んだレモンピールが入っているらしく、ほろ苦さも感じる。
色々なやさしさを混ぜ込んだようなタルトは気が付けば無言であっという間に食べ終えてしまった。鶴見と江渡貝はお互いに顔を見合わせると、「これは次も食べたい」という思いを込めて力強く頷いた。
気が付けば、あっという間にケーキスタンドのお菓子は残り一段になっていた。
最後のドルチェにぴったりな赤い苺と緑のピスタチオのマカロン、そして大人の彩を添えているショコラだ。
「ふぁ、マカロン!」
マカロンは少々お値段の高い部類のお菓子だ。それから、マカロンに並んで置いてあるショコラも一つの値段は高く、江渡貝のような子供にはなかなか手が出ない。
「どれから食べようかぁ?」
鶴見はじっと舐めるようにお菓子を眺めている。江渡貝は目をきょろきょろさせながらも、視線は赤いマカロンの方を向いている。
「江渡貝くぅんは苺のマカロンが気になるかい?」
「え?」
江渡貝は鶴見に食べたいマカロンを言い当てられびくりと反応する。どうして、と言いたげな表情を拾った鶴見は緑のマカロンに手を伸ばしながら言った。
「ずっと赤いマカロン見ているから、かわいいなって思って」
そう言うと鶴見は緑の……ピスタチオのマカロンを一口食べた。
見た目に反して柔らかなマカロンを齧り、真ん中のガナッシュにたどり着く。
ピスタチオの風味のきいたガナッシュが舌の上に香る。ナッツの女王と言われているだけにやはり、オーソドックスなフレーバー選びをしてしまったが、ピスタチオのマカロンは美味しい。
「ふぅ」
鶴見はため息を吐き、マカロンの風味の余韻を楽しんでいる。
江渡貝も同じくして、苺のマカロンを口にした。これでロリイタの恰好をしていればもっと絵になったかもしれない。一ついくらなんだろう。と思いながらも苺の香りに誘われて蝶々のように江渡貝はマカロンの端に口づけをした。さくり、と一口食べる。マカロンとガナッシュの独特の粘っこい食感に続き甘味が口の中いっぱいに広がった。鼻を突き抜けるのは甘さよりも、本物の苺らしさを残した新鮮な苺のガナッシュ。江渡貝も鶴見のようにこのマカロンを食べ終えるとふぅ、とため息を吐いた。
お互いに次は別々のマカロンを食べ、その余韻を楽しみながらお茶を飲む。
愛する者同士で同じ時間、同じ味を楽しむ幸せを噛み締めながら二人はアフタヌーンティーのお菓子が残り一種類のショコラのみになっていることに気が付く。
時間もそろそろ三時を過ぎる。学校で会うことはできるがその間は恋人のようにふるまえない。シンデレラの物語を思い出しながら、江渡貝はチョコレートを口にした。
ぱり、と甘いミルクチョコの中には少しビターで硬派で和を感じさせる味がした。初めて鶴見とデートをした時に食べたショコラの店のロゴが入った袋を思い出す。
「これは……」
「うん、ハジメツキシマのショコラにしちゃいました」
江渡貝が目を丸くしているのに対して鶴見はご機嫌に答える。
「おいしい……」
ハジメツキシマのショコラは和をコンセプトにした商品が多いが、ロシアをイメージしたものもあるらしい。
「江渡貝くん、そっちの赤いラインの乗っているショコラを食べてごらん」
「赤いやつ、ですね?」
こちらは冬のように硬めのチョコレートだった。少しビターで寂し気な味だ。
しかし中に入っているガナッシュは二層になっており、紅茶の香るビターチョコレートの中にはさらにジャムが入っている。
「ジャムと紅茶。朝食向けのチョコレートですか?」
江渡貝の素直な発想に鶴見は小さく笑いながらも、その質問に答えた。
「これはね、ロシアに言っていた月島が思いついたものなんだ」
ロシアにはロシアンティーというものがある。来客に振舞われることが多く、濃い目に抽出した紅茶にジャムを好みの量で加えて飲むものらしい。
「楽しく団欒したいから、そんなチョコを選んでもらったんだ」
鶴見はそう言いながら最後の一つのロシアンティーのショコラを食べた。
紅茶を飲みながら鶴見は時計を見た。
「江渡貝くん、もうちょっとしたら……」
帰る時間だね、と鶴見は最後まで言うことができなかった。
美味しいものを食べて、楽しく過ごし、お互いの想いが通じ合った。
男性同士のセックスとしてはやや物足りないもののお互いの肌を合わせ同じ朝を迎えた。
これから家でまた一人の時間がくるなんて、学校で会えるとしても寂しいと思ってしまう。だが、江渡貝はきりっと眉をあげて答える。
「はい、でも、僕大丈夫です」
江渡貝は言葉を続ける。
「だって、春が来たら鶴見さんとずっと一緒に居られます。それに、鶴見さんは僕のことが好き、僕は鶴見さんのことが好き。これだけで幸せだなって思ったんです」
江渡貝の言葉に鶴見も頷いた。鶴見こそもしかしたら江渡貝よりも寂しがりやなのかもしれない。
江渡貝は椅子から立ち上がり、とことこと鶴見のそばに寄る。
「僕、帰る用意します」
そう言うと江渡貝は鶴見の肩をきゅっと抱きしめて頬に唇を寄せた。
「うん……」
突然の江渡貝の行動に呆然としながら鶴見は江渡貝の後姿を眺めていた。
一泊分の荷物を持った江渡貝は鶴見の前に現れた。自分の子供のはじめての遠足を見守るような、何とも言えない寂しさが鶴見の胸にこみあげてくる。
「鶴見さん、。すごく、幸せな……その、お泊りさせてくれてありがとうございます」
玄関の方に江渡貝はどんどん進んで行ってしまう。
「一度だけ……!」
鶴見は思わず江渡貝の肩を引いて、そのまま身体を抱きしめる。
「鶴見さん、甘えんぼさんですね」
「うん」
「学校ではこんなこと、しませんからね?」
そう言うと江渡貝は鶴見の唇に自分のそれをくっつけた。
まだ慣れないキスをする。少しだけ絡めた舌の感触がしっとりと鶴見の口の中に残っている。口の端に零した唾液を拭きとりながら江渡貝はとろりとした目で鶴見を見つめた。
だが、名残惜しいがもう時間だ。
「マンションの下まで送って行くね」
「はい!」
鶴見は江渡貝のキスで充電されたのだろう。少し元気な様子で江渡貝を送り出す。
鶴見は江渡貝の帰る姿をマンションの中から江渡貝の姿が見えなくなるまで見つめていた。
付き合い始めのこの、いつまでも一緒にいたい感情がこの歳でもあるなんてな。
鶴見はそんなことを思いながら自室へと戻る。
江渡貝のいた部屋はまだ彼の温もりがあるような気がした。
忘れ物はないかな、と部屋を見渡せば、小さな封筒が一枚入っていた。
そこにあったのはスマートフォンから写真に現像したのだろう。
スイーツや二人の映った写真が入っていた。
鶴見は早速それを眺めて、にやにやと笑う。
そして、スマートフォンを取り出すと江渡貝に連絡をするのであった。

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