鶴江鶴 永遠に麗しく、菫の花よ 現パロ6(最終更新5/19)

今のところR18じゃないので鍵はかけていません。

待ちに待った土曜日が来た。
金曜日の江渡貝に関しては、授業なんて上の空で、鶴見もいつもよりそわそわしていた。そんな二人の様子を見ても他人は特に気にしている様子はなく、いつも通りに週末となった。
江渡貝は家に帰ると、平日に準備していたお泊りセットの中を確認する。
鶴見先生とはまだ付き合っていない。ただ、鶴見先生の厚意で泊まらせてくれるんだ。
そう心の中で呟きながらも、家から離れたドラッグストアで購入したコンドームの箱を、透けない紙袋に入れて鞄の奥にしまい込む。
江渡貝にはまだ、そういう知識はあまりない。ましてや男同士となればなおさらである。けれども、最低限もしも、もしも……鶴見とそういうことになった場合には使うかもしれない。耳まで真っ赤にしながら江渡貝は鞄のファスナーを閉じた。
土曜日はお昼頃に鶴見と公園で待ち合わせとなった。
さすがにこの辺りでは同級生も住んでいる。ひらひらふりふりの人物と歩いていれば目立ってしまうし、その人物と歩いているのが教師と分かってしまえば鶴見に迷惑をかけてしまうだろう。江渡貝はロリイタ服を封印し、シンプルなズボンにワイシャツを合わせた服装に決めた。
家の中ではふりふりは許されるはずだ、と江渡貝は愛らしく胸元がハート型の赤いギンガムチェックのエプロンは持っていくことにした。江渡貝が普段料理をする際に使っており、多少使用感があるが、この方が動きやすいだろう。
鶴見の家で二人きり。
江渡貝はそう考えると胸がきゅうと締め付けられた。
二人きりなら「好き」とも伝えても許されるかもしれない。
緊張なのか、恋のときめきなのか、分からぬまま江渡貝は部屋に置いているぬいぐるみの白くまくんを抱きしめる。早く明日になって欲しい。でも、ずっとこのまま楽しみな気持ちでいてもいい。振られちゃうかもしれないし、と江渡貝はベッドをゴロゴロしながらうんうんと唸る。江渡貝は「どうしよう」と呟くと真っ赤な顔を白くまに埋めた。

携帯のアラームをかけ、江渡貝はドキドキしたままベッドに入る。
鶴見の家に泊まるなんて、表参道を歩いているあの人を見たときには想像もしなかった展開だ。江渡貝から鶴見への恋心は打ち明けてもいいだろうか。打ち明けないでただ過ごすべきだろうか。江渡貝は毛布の中で悶々と考えながら眠りについた。

翌朝、江渡貝はアラームが鳴る時間より少し早く目を覚ました。
そうだ、今日は鶴見の家に行く日だったと、アラームを解除し、時計に表示されている日付を見ながら口元を緩ませる。
いつものように、目覚めると、朝食の準備を行った。
食パンをトースターに放り込み、お湯を沸かし、マグカップにインスタントコーヒーをスプーンひとさじ入れておく。それから、江渡貝は洗面所へ向かった。
ぺとぺと歩きながら、鏡をのぞく。江渡貝には髭が生えてこない体質らしい、髭剃りはせずに顔を洗った。今日は化粧をしないが、スキンケアは忘れずに行い、日焼け止めを塗った。
ふわりと小麦の焼けるにおいがする。すると、トースターでパンの跳ねる音と、電気ケトルの湯の沸く音が聴こえてきた。
江渡貝は相変わらず裸足のまま食器棚から皿を持ち、トースターからパンを回収し、コーヒーを作るとテーブルに置いた。
いただきます、と誰に言うでもなく一人で呟く。昨日から置きっぱなしにしていたジャムをコーヒーカップに入れていたティースプーンで取ってパンに塗る。
まだ起き抜けで寝ぐせのついた顔のまま、江渡貝はパンをもしゅもしゅと食べ、コーヒーを飲んだ。その様子はまるで草食動物である。
軽めの朝食を終えると江渡貝は折り畳みの鏡を開き、手近に置いてあるブラシで髪を梳かした。柔らかいがクセの出やすい髪質のため、丁寧に梳かしても髪は左右に跳ねている。
これに関しては下手に直そうものならポマードを使って固めるくらいの気概が必要なため、随分前から江渡貝は諦めている。
ふわふわと落ち着きのない髪を手櫛で整え、江渡貝はテレビをつけた。
ちょうど天気予報が映し出されており、今日から明日にかけては天気が良く過ごしやすい気温になるらしい。
昨晩用意していた、シンプルな白い襟付きのシャツに手を通す。それだけではまだ肌寒いため、黄色いベストを重ねた。ボトムスにはいつものスカートではなく、シンプルな黒色のズボンをはく。
外はまだ肌寒い。薄手のジャケットと鞄をまとめて置き、江渡貝はしばらくの間鶴見と会ったら何を話そうかなどと考えていた。

考え事をしているうちに、鶴見との待ち合わせの時間は近づいてきていた。江渡貝はジャケットを羽織り、お泊りセットの入ったショルダーバッグを肩にかける。
部屋の中を見回し、問題ないことを確認する。
江渡貝は部屋の鍵をかけ、鶴見と約束した公園へと向かった。
今朝の天気予報の通り、風が心地よく空は青い。自然と早くなる歩調と高鳴る胸の音。
江渡貝はお泊り会が楽しみで仕方ないようで、その顔は緩んで笑顔になっている。
早歩きになってしまったため、待ち合わせ時間よりもやや早く到着してしまった。
江渡貝は公園に入ってすぐにあるベンチに荷物を置き、江渡貝自身もベンチに腰掛けた。
緊張しながら、時計を見る。まだ五分以上早くついてしまったようだ。
ふぅと息を吐いて、ぼんやり遠くの景色を眺めていると、遠くの方から背の高い細見の人が近づいてくるのが目に入った。
「鶴見さんだ」
江渡貝は小声で言うと、鞄を肩にかけ、ベンチから立ち上がる。
「おまたせ」
「ふふ、鶴見さん、まだ約束の時間よりずいぶん早いです」
「江渡貝くんこそ」
「た……楽しみで早くきちゃったんです」
江渡貝は少々恥ずかしい気持ちになりながらもそう答えた。
公園には二人以外の人はいない。
ここは住宅地の中にある小さな公園だった。ここ以外にももう少し大きな公園があるため、二人の待ち合わせの公園には人が来ることは少ない。照れくさい会話を終えると、鶴見は「さぁ、行こうか」と公園から自宅を目指し歩き始めた。
江渡貝は鶴見の背中を追う。隣を歩いていいのかな、と早足で鶴見の隣を歩いた。
「今日はいつもと違う雰囲気だね」
「住宅街で目立ったら僕も先生も困るじゃないですか」
「それもそうか。でも、こういう服装もしっくりくるし、やっぱり江渡貝くんは」
そこまで言いかけると鶴見は一度言葉を切った。そして取って付けたように続ける。
「若いからなんでも似合うね」
一瞬感じた気まずさもあったが、褒めてもらったことに変わりはない。江渡貝は嬉しそうにありがとうございますと言うと鶴見の顔を見上げる。
「鶴見さん……」
江渡貝が見上げた鶴見は珍しく顔を赤くして照れくさそうにしていた。
「すまん、勉強面以外で人を褒め慣れていないからちょっと照れるな」
そう言うと、鶴見はあごヒゲのあたりをさすって江渡貝から目を逸らした。
それから、少し歩き進めていくと、小綺麗なマンションが見えてきた。
「こっち、こっち、ここに住んでいるんだ」
鶴見はそのままマンションへと向かって行く。
自動ドアの先には暗証番号を求めるインターフォンが置いてある。
ここの住人の一人である鶴見は、ポケットから鍵を取り出すと、インターフォンの鍵穴にそれをかざす。どうやら中にICチップのようなものが入っており認証されるとマンションの中に入ることができるらしい。エレベーターへ向かうと、ボタンを押した。
鶴見が想像以上に立派な場所に住んでいることを知った江渡貝は少々驚いた様子で鶴見を見ていた。その様子に気付いたらしい。
「はは、この歳でスイーツ趣味を貫いていたら独身貴族になってしまったよ」
そのお陰でこんな贅沢な場所に住んでいるんだけどね、と付け足し、鶴見は寂し気に笑った。鶴見は独身なのか、と江渡貝はちら、と鶴見の顔を見た。
整った顔立ちをしており、優しくて頭も良い。教師もしているしこんなに素敵な人なら恋人がいないはずがない。
「そういえば」
江渡貝の声は少し震えている。
「鶴見さんって、恋人とかはいないんですか」
江渡貝はショルダーバッグのひもをぎゅっと掴んでいた。
チン、とエレベーターが到着する音が鳴り、扉が開いた。エレベーターのボタンを見る限りこのマンションは全15階の建物らしい。
「恋人、ね。いないよ」
鶴見は10階のボタンを押しながら静かに答えた。
「そうなんですか」
江渡貝は先ほどの震えはなくなっており、少し落ち着いた返事だった。
「江渡貝くんこそ、どうなの」
予想外の質問に江渡貝は再びバッグの肩ひもを握りしめて小さく跳ねた。
「え、コイビトッ? いない、いないです!いるわけないです」
「意外だな。こんなに勉強もできて、それに……まぁ、なんでもない」
鶴見は言葉を濁した。しかし、江渡貝を見る瞳が柔らかく、愛おしい者を見る眼を向けていた。二人の間の気まずい空気を換気するように、エレベーターは10階に到着し扉を開いた。
こっち、と指さし、鶴見はポケットから取り出した鍵で部屋のドアを開ける。
玄関が開く。ついに江渡貝は鶴見の家に入っていた。
玄関に入ってすぐ、他人の家のにおいがした。
整っているけれど、たしかに人が生きて生活している匂いだ。
玄関マットにはチョコンと新品らしいスリッパと、使用感のあるスリッパが置かれていた。
「スリッパ使うなら、そっちの……ピンクのスリッパでいいかな?」
「もちろん」
「よかった」
今日に限ってはフリフリカワイイ服装はしていないが、普段はパステルピンクやきらきらしたものが大好きな江渡貝である。やはり淡いピンク色やレースのついたアイテムには惹かれてしまう。一方、鶴見のスリッパはグレーでシンプルなものだった。
鶴見らしい色合いでたかがスリッパといえども似合うなぁと江渡貝は感心してしまう。
「荷物重くない?」
靴を脱ぎ、スリッパへ履き替えようとする江渡貝に対して鶴見は手を差し出した。こんな風に扱われて、江渡貝は思わず舞い上がってしまう。
「だ、ダイジョブです」
照れた様子で江渡貝は鶴見の部屋へあがった。
「わ、鶴見さんのお部屋」
「片づけはしておいたんだけど、汚いところがあったらごめんね」
「い、いえ、そんなとんでもない!」
どうやら鶴見の部屋は、ダイニングとキッチンのほかに小さな部屋が二部屋あるらしい。本当は物件選びの際に一部屋あれば十分だと思いながら探していたのだが良い条件の家がなかったそうだ。
それでも、陽射しがほどよく降り注ぎ、洗濯物も乾きやすい。住み心地も良いし、悪くないと鶴見は語った。今はあまりの一部屋は備蓄の日用品を置いていたらしいが、江渡貝が泊まれるように、と布団を敷いてある。
「荷物はここの部屋に置いていてもいいし、リビングに置いていてもいいよ」
鶴見に言われて江渡貝はとりあえずは自分の寝泊りさせてもらう予定の部屋に荷物を置いた。しかし、そこで江渡貝は鞄の奥深くに入れてきたコンドームの存在を思い出す。
やっぱり、これは持ってこなくてよかったかなと、取り出した袋を眺めながら考えていた。すると、「えどがいくぅん」と鶴見が部屋にひょこっと顔をだした。
江渡貝は慌てて紙袋を鞄の中に隠す。
しかし、江渡貝は気付いていないが、慌てて隠した際に紙袋が開いてしまい、コンドームのパッケージが鶴見には見えていた。だが、鶴見は落ち着いた様子で「お昼ご飯はね、もう準備してあるんだ。落ち着いたらリビングにおいで」と言うと江渡貝の部屋を出た。
そして数歩歩いて鶴見は口元を抑えて、ふぅと自分自身を落ち着かせるように息を吐いた。何も見なかったことにしておこうと、リビングのテーブルに昼食の準備を始めた。
お茶用の湯を沸かしていると、ぱたぱたと江渡貝の足音が聴こえてきた。
「つるみさーん」
リビングに来た江渡貝の方に目を遣ると江渡貝はふりふりした愛らしいエプロンを付けていた。
「可愛いエプロンだね」
「え、えへへ、お家の中でだったらこういうのつけてもいいかなって、思って持ってきちゃいました。そだ、何か僕にできる事あります?」
できる事、といわれても台所事情は分からないだろう。鶴見は茶葉を入れて用意していたポットと、電気ケトルを指さして、お茶の準備をお願いできるかい?と言った。
それだけのことだが江渡貝は嬉しそうに笑うとるんるんとお茶の準備を進める。
「あぁ、これは……ダージリンのファーストフラッシュですね」
「よくわかったね」
「いえ、偶然です」
ダージリンのファーストフラッシュは食事にも違和感なく合う紅茶と言われている。季節を感じさせる春摘みのお茶なのだ。日本人にも人気が高く、緑茶に近い味ともいわれている。作られた農園により、その味には違いがあるため、一概に緑茶のようだとは言えないのだが、紅茶好きには人気の高いものであることには変わりない。
「食事に合うから、好きなんです」
江渡貝の言葉に鶴見も相槌を打つ。
「もうちょっとでできるから待っててね」
鶴見に言われてキッチンの方へ意識を向ければ、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
卵とトマト、それに玉ねぎ、ベーコンのにおいだ。
「簡単で申し訳ないけど」
そう言って鶴見が差し出したのはオムライスだった。ソースもケチャップではなく、デミグラスソースのようなものがかかっている。
「わぁ、レストランのオムライスみたいだ」
江渡貝は目をピカピカ輝かせて呟いた。美味しいお茶に、鶴見の作ったオムライス。
オムライスは一口食べてみれば、ふわりと軽い触感の卵は控えめな甘さで、中のご飯はトマトなどで味付けしてあるのだろう。ソースも掛けて味を変えて楽しんでみれば、食べ応えのあるオムライスの味がスプーンを口に運ぶ手を進ませる。
「鶴見さん、お、おいしいです!」
江渡貝は薄橙色の米粒を口元につけたまま鶴見に言った。
ごくり、と紅茶を飲んでから鶴見は面白そうに笑うと、自分自身の口元を指さしてトントンと叩いた。何かついているよ、という合図なのだが、気付いていない江渡貝は首を傾げて鶴見を見た。
「ここにおべんとうが付いているよ」
しょうがないな、と向い合せの鶴見はテーブルに身を乗り出し江渡貝の口元の米粒を取った。ようやく米粒に気付いたらしい江渡貝は目を瞬かせている。
「す、すみま……鶴見さん?」
江渡貝は鶴見の行動にわぁっと声をあげた。鶴見が江渡貝の口元についていた米粒を食べてしまったからだ。しかし、鶴見はそんなことは一切気にしていないらしい。
江渡貝はそれ以上の言及もせず、気恥ずかしいままランチタイムを終えた。

食事を終えると鶴見は二人分の食器を下げていこうとする。
「待って、僕のは自分で運びますから……!」
江渡貝は自身の食器を持ち立ち上がる。服装は確かに少年のそれなのだが、可愛らしいエプロンにもともとの中性的な顔立ちが少女のようだった。鶴見は客人だから座っていなさいと伝えるべきだったのだが、家事をする姿が可愛らしく思えてそのまま江渡貝に手伝わせてしまった。
「ありがとう、助かるよ」
「いいえ、こんなに美味しいごはんを食べて、何かできることはさせてください。それにいつも鶴見さんにはごちそうになってばかりですし」
遠慮がちに江渡貝は答える。恐らく、皿洗いをしようとしている江渡貝だが、鶴見が普段行っている後片付けは食器や調理器具を食洗器に入れるだけであった。うーん、と唸ってから鶴見は恥ずかしそうに口を開く。少ない食器量といえども、面倒くさがって食洗器に任せているのは少々言い出しにくかったからだ。もっとも、平日は働いており、休日もゆっくり自分の時間を作るために一躍買っているのだから、悪いことではないのだが。
「でも我が家は食洗器だからなぁ……じゃぁ食器を食洗器に入れるのを一緒にしようか」
「はい」
一緒に、という言葉に江渡貝は胸がじんと熱くなるのを感じた。まるで家族の距離感のようで心地良い。これから今夜一晩鶴見と一緒に過ごすけれど、もっとずっと一緒にいたい。江渡貝は目の奥がじわりと熱くなるのを感じていた。
「あ、そうだ、江渡貝くん。三時頃になったらケーキをって思っているんだけど」
「も、もちろんです!ケーキ作りってしたことないんですよね。どういう感じでやるんですか?」
鶴見は江渡貝から目を逸らすと、頬をぽりぽりと人差し指でかく。
「実は、気合を入れすぎてほとんど作ってしまって……」
鶴見の言葉に、江渡貝は鶴見の部屋に入った瞬間にほんのり感じた甘いかおりを思い出した。あれは鶴見がお菓子を作った後の香りだったのだ。
「食べる直前に最後の仕上げをしたらすぐに食べられると思うんだ」
鶴見の言葉に江渡貝はぷーっと噴出した。申し訳なさそうに白状する鶴見の姿がいつもより小さく見えて可愛らしいと、江渡貝は思った。
「ふふ、鶴見さん、だからお部屋に入った時から甘い香りがしていたんですね」
「うん。一緒に作る予定だったのにごめんね」
それから鶴見は考え事をするように一呼吸置く。
「あと……その、生徒を家に呼ぶのは初めてで、何を話せばいいのか」
生徒、と呼ばれ江渡貝の心は軋んだ音を立てた。
「いつも表参道で話しているみたいに話せばいいんじゃないですか」
少し、江渡貝は鶴見に距離を取った話し方をしてしまう。まるで学校内で話をしている時のような距離だ。江渡貝は今、こうして部屋に呼んでもらったり、丁寧に扱ってもらっているのは特別なことだと思っていた。だから、鶴見から出た「生徒」という言葉が寂しくてたまらなかった。江渡貝は思わず鶴見の袖を引っ張った。
「鶴見さんにとって、僕って今、生徒なんですか?」
江渡貝はついにそれを聞いてしまった。けれども今なら友愛や兄弟みたいだ、と誤魔化すことはできる。
「そ、それは……」
鶴見は目を逸らし、口ごもった。鶴見自身も江渡貝に対して生徒以上の感情を抱いているからだ。生徒以上、友愛以上。お互いに恋愛感情を抱いているが、お互いの感情を把握していない、不安定な状況だった。
江渡貝は鶴見の袖を掴んだまま、口を開いた。
「僕、鶴見さんのこと好きです」
江渡貝は強く鋭い視線で鶴見を睨むようにして言った。鶴見はその強い目力に気おされねがら、返事をする。
「私も江渡貝くんのことを好きだよ」
好き、と言うだけならば恋ではない。大人のずるさを利用して鶴見は教師らしく答えた。しかし、江渡貝は本当の気持ちを伝えたくて、この好きを恋心だと伝えたくて震える声で言葉を続ける。
「僕の好きは、恋なんです。男が男を好きになるなんて、気持ち悪いって思われちゃうかもしれないけど……」
江渡貝の瞳から一筋涙が流れ落ちた。
「僕は、鶴見さんを恋愛対象で好きなんです」
江渡貝は鶴見の袖を離し、手の甲で零れた涙をぬぐっていた。
「江渡貝くん」
名を呼ばれると同時に江渡貝は自分の体温に、鶴見の体温を感じていた。鶴見は江渡貝の肩を抱き寄せていた。
「私もね、江渡貝くんを同じように好きだよ。教師という立場上言い出せなかった。年齢差だってある。私みたいなおじさんでもいいのかい?」
ぎゅうと抱きしめられたまま尋ねられ、江渡貝は何が起こっているのか理解できないままうんうん、と頷いた。
「好きだよ」という鶴見の言葉にようやく事態を理解した江渡貝は嬉しそうに微笑んだ。
「はい……好き、好きです。僕、鶴見さんをすき」
江渡貝と鶴見は身を寄せ合ったまましばらくお互いの体温を感じ合っていた。
いつまでも抱きしめ合っているのも少々姿勢が疲れるな、と二人は一度体を離す。
それから鶴見は思い出したように、江渡貝に一つ、約束事を離す。
「まだ、学生だし、私は教師だし、他には言っちゃだめだからね」
そう、二人は同じ学校の教師と生徒だ。もし交際関係がばれてしまったら、鶴見は教師をくびになるかもしれないし、関係の進み具合によっては捕まる可能性だってある。
真剣な鶴見に対して、江渡貝はいたずらっ子のような顔でツンと答えた。
「わかってます。僕、秘密も変装も得意ですから」
たしかに表参道で見かけたときのまったく違う雰囲気は変装といっても過言ではない。
「まったく、キミは……」
鶴見は江渡貝の顔まで少し背を屈ませる。
「つ……」
江渡貝は驚いたまま鶴見を見つめていた。至近距離でしばらく見つめ合っている。
江渡貝のうるんだ瞳を見て、鶴見は江渡貝の頬に手を当てた。
拒まれないことを確認して、そっと江渡貝の唇に自分の唇を触れさせる。
触れるだけの口づけをすると、鶴見は江渡貝を離す。
蕩けた顔の江渡貝が可愛くて仕方ない。離したくない気持ちを抑え、鶴見は江渡貝から離れてリビングに向かう。
江渡貝が喜ぶだろうと思い、ボードゲームやDVDを準備していたのだ。
「江渡貝くん、こっちで映画とかみる?」
鶴見はソファに座って江渡貝を呼んだ。
すると江渡貝は鶴見のすぐ隣にぴたりとくっついて、こくこくと可愛らしく頷いた。

(続きは次のページに分ける予定です)

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