海が聴こえる(鶴江渡)

海が聴こえる

あぁ、この箱。
江渡貝は作業の手を止めて窓際に置いていた小さな小箱に目をやった。
「開けてみようかな」
この小箱は江渡貝が鶴見からもらったものだった。
鶴見は「明日、ここを出発するから2,3日帰ってこない。だから、寂しいと思ったらこの小箱を開けなさい」
まるでおとぎ話のようなことを言って鶴見は大した荷物も持たずにするりと小樽へ帰ってしまったのである。鶴見が小樽に帰ってしまうことはよくあることである。

江渡貝はそれはこのたった1か月の間にそれをよくよく思い知らされた。
そのたびに江渡貝は寂しいだの、鶴見の剥製もどきを作り、護衛の月島たちを困らせていた。もちろんその問題行動は月島から事細かに鶴見へ報告されていた。
鶴見は呆れながらも、にやにやと月島の報告を聞いていた。
「なにをにやにやと……」
こめかみを抑えながらの月島に対して鶴見は満足げに笑っていた。
鶴見は初めこそ江渡貝を利用する気でいたのだが、だんだんと江渡貝といるうちに愛着がわいてしまい、ついには愛してしまったのである。
「私がいないと寂しい、か。そりゃぁ困ったな」
お偉いさんにも恋人が泣いて止めるからなんて言えないしな、とからから笑った。

さて、そんな経緯があり、鶴見は今回の数日の遠征対策として江渡貝に贈り物作戦を決行したのであった。
「何が、一体」
江渡貝は結ばれた麻ひもをほどき、箱を開けた。
ふわり、とあまい香りがする。その中には、小さな白いメッセージカードと、ハマグリくらいの大きさの貝が入っていた。
メッセージカードに目を通す。

江渡貝くん、元気かな?
私はお偉いさんたちの相手にきっと疲れている頃かもしれないな。
きっと君は寂しがりだから、一つ贈り物をいれておいた。
貝には時々つかっている香(こう)を練りこんだミツロウが入っている。
もしよければ、私を思い出してくれたら嬉しいよ。鶴見

江渡貝は貝に顔を近付けた。
ふわりと香るのは確かに鶴見の服や体からするにおいだ。
もしこの貝が巻貝だったら。
小樽は海が近い、もしかしたら海の音が聴こえるかもしれない。
鶴見との巻貝の糸電話を想像しながら江渡貝はうれし涙を袖でぬぐった。

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