江鶴江 お茶会には、恋と可愛いの魔法を。4(20200509追記)

「また誘ってくださいね」
そう連絡したのは10分ほど前のことであった。
返事はまだ来ていないよね。江渡貝は半分緊張しながらスマホの画面をのぞいた。
もう半分は、調子にのってこんな風に先生を振り回して本当は迷惑に思っているんじゃないかという不安が江渡貝の胸の中を苦しめていた。
緊張しながらスマホの画面を開けば、そこには「次はいつ会えそうかな?」という誘いの文字が並んでいる。
嬉しい、と江渡貝は胸にスマホを抱いた。それから、スンと冷静な表情に戻ると鶴見からのメッセージへの返信を打ち始める。
「いつもと同じ日曜日だったら大丈夫です。鶴見先生は?」
「私も同じだ。それじゃぁ、次の日曜日も表参道の辺りにしようか」
そして、鶴見からは「ここなんてどうかな」という言葉に続き、可愛らしいケーキのお店のURLが送られてきたのであった。
「すっごく可愛いです。行きましょう、行きましょう!」
江渡貝は下にシロクマのスタンプを押して鶴見に返事を送る。
「じゃあ時間は12時に、表参道A2出口で。また、日曜日が楽しみだ」
鶴見からの言葉に江渡貝はにやりと顔を緩める。
それからもう一度、鶴見とのやりとりを読み直すと、甘いすぎるものを食べた時のように江渡貝は顔にぎゅっとしわを寄せた。

次の日曜日も江渡貝は朝から着替えの準備をしていた。
前日の夜のうちに巻いておいたウイッグを横目で見る。
自分のもとの髪色に合わせたブラウンのウイッグだ。
それから、江渡貝自身で作った、ショートケーキのような色合いのジャンパースカートをクローゼットから取り出した。裾のスイーツ模様はオリジナルプリントで作成したものだ。
淡いピンクのストライプがおかしのラッピングのようで華やかで可愛らしいスカートだ。
それから、ベーシックな組み合わせになるが、オフホワイトの丸襟のブラウスを合わせる。
このブラウスはシンプルに作れる簡単な型紙のもので作っている。
ブラウスに袖を通し、ボタンを留めていく。
ドレスを身にまとい、パニエを履いて、お気に入りの白いタイツを合わせた。
鏡に映る自分自身は、まだまだ少年の女装姿だ。
ドレッサーの前に座り、化粧品を取り出すと、江渡貝はベースメイクをすまし、アイメイクを施していく。控えめなつけまつげを付けて、紅を塗り、ウイッグをかぶる。
レースにピンクのリボンの装飾がされているヘッドドレスを最後に着けると、鏡の前にはロリィタを着た江渡貝弥作が座っていた。
幸いにも色素の薄い瞳はカラーコンタクトいらずだ。
鶴見先生は褒めてくれるだろうか。鶴見のことを考えるとどきりと音を立てる心臓を抑えながら江渡貝は悩まし気な顔をする。
江渡貝はふるふると頭を振り、きっ、と前を向いた。
それから、ロリィタ美少年はお気に入りのカバンを持つと、一人暮らしの自室を後にした。

いつものように、他人の視線を感じながら江渡貝は電車に乗った。
髪の毛の色はブラウンにしており、いつもよりも落ち着いた髪色をしているはずだ。
よく考えると、初めて表参道で鶴見に出くわした時よりも、学校の江渡貝に近い雰囲気になったかな、などと考えながら電車に揺られ考えていた。
江渡貝はロリィタファッションの際にはあまり電車の椅子に座ることがない。控えめにしているものの大きなスカートが隣に座る人の邪魔になってしまうからだ。
幸いなことに今日の電車はガラガラだった。江渡貝は人目を避けるようにし、すみの空いた席に座った。
ハンカチと財布、スマートフォンが入る程度の小さな鞄を覗き、江渡貝はスマートフォンを手に取った。スマートフォンを覗いてみると、さっそく鶴見からのメッセージが届いている。
「おはよう。じつは電車のトラブルで、約束の時間に五分ほど遅れそうなんだ。先に待ち合わせ場所のあたりで待っていてくれるかい。ごめんね」
おや、と江渡貝は目をぱちぱちさせる。そう言われれば、鶴見の使っている路線付近でトラブルがあったらしい放送が電光掲示板に流れていた。

早く会いたいとじれったく思っていた江渡貝はしゅん、とした表情をしながら、大丈夫ですと可愛らしく笑うクマのスタンプを送った。五分なんてあっという間だもの、と言い聞かせながら。

江渡貝は時間よりやや早く待ち合わせ場所についていた。
やはり鶴見の姿は見当たらない。早く鶴見さん、こないかななどと思いながら道行く人々を眺めてみる。ここまでくると、奇抜なファッションをしている人間は少なくない。
あまりじろじろみてくる人間もいない。
いない、はずなのだが、中学生から高校生くらいの男の子の三人組だろうか。
江渡貝が立っている建物の二つ隣の店の前で江渡貝を見てひそひそと何か話しては意地悪そうに笑っていた。そして、そのうちの一番気の強そうな少年が江渡貝の方へと向かってきた。
「ねぇ」
馴れ馴れしい問いかけに、江渡貝は返事をせずに下を向いた。
「ねぇ、なんでふりふりなんて着ているの」
ふりふりなんて、という言葉に江渡貝は顔を真っ赤にした。
その様子が気に入ったらしい、少年はもう一度口を開く。
「男のくせに、そんな恰好してるんだ?」
「あ……」
江渡貝は目を大きく開いた。コンクリートの道が滲んで見える。
目を大きく開かねば涙が零れ落ちそうだった。
「変態だな」
突き刺すような言葉に江渡貝の大きな瞳から涙が零れ落ちた。顔を伝うことなくまっすぐに灰色のコンクリートに涙の染みができた。
何も言い返せないまま、江渡貝は震えていた。
しかし、すぐに江渡貝の目の前の少年たちが騒めき出した。
「君たちはこの子のお友達かな?」
聴きなれた声に顔を上げると、そこには鶴見が少年たちと江渡貝の間入るようにして立っていた。江渡貝の瞳からは涙がひき、目には輝きが戻っていた。
「ち、ちがいます……」
背の高く、髭を蓄えた強そうな眼力の大人に尋ねられ、怯んだのだろう。少年たちはぶつぶつ言い訳をしながらそっと鶴見から距離を置き始める。
「この子に用事がないなら帰ってくれるかい?」
私はこの子と用事があるんでね、と鶴見が言うと少年たちはすみませんでしたとだけ言い残し逃げるように去っていった。江渡貝は尊敬の眼差しを鶴見に向けていた。まるで助けに来たヒーローを見ているみたいだ。
「大丈夫だったかい、江渡貝くん」
「はい……」
鶴見に手を差し伸べられれば、ほっとして再び涙がこぼれおちた。
今度は優しい、温かい涙だ。

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