待ってて、鶴見先生!(サンプル)

鶴江渡、現パロ、学パロです。
全年齢向けです。

冬の終わりが近づいている。
道端に並ぶ草木も冬の終わりを感じ取っているのか、春に備えて植物も静かに息をしているように感じた。
そうはいえども、高校の制服の上に指定のコートを羽織るだけでは肌寒い。真冬と比べれば、幾分水気を帯びた風が指先を冷やす。
立ち並ぶ一軒家からは夕食の準備の匂いが立ち上っている。穏やかで温かな夕方の香りだ。
江渡貝は学校指定の黒いウールコートの中に紺色のブレザー、ベージュのベストに白いワイシャツを着てネクタイをしている。
寒さに身を縮め、背を丸める姿は水面に浮かぶ冬の水鳥を思わせる。強く風が吹き、江渡貝は思わず両手を強く握り、ズボンのポケットに手を差し入れた。
「あれ」
いつもよりポケットが軽い。江渡貝は嫌な予感がして、ポケットの中に手を入れて中を探る。
「鍵がない……」
江渡貝は恨めしそうに呟いた。
普段、江渡貝はズボンのポケットに自宅の鍵を入れているのだが、今日にかぎってポケットに鍵が入っていない。
鞄を探り、もう一度ポケットを探ってみたが鍵は見つからなかった。
「あぁ……学校に戻らなきゃ」
江渡貝は誰に言うでもなく、独り言を呟いた。
江渡貝はアパートで一人暮らしをしている。
母親と不仲で一人暮らしを始めた江渡貝は、このまま自宅に戻ったところで自宅の鍵がないため、一晩家の外で過ごすことになってしまう。
忘れ物をしてしまったのは江渡貝自身の過失である。
どこにもぶつけようのない不満が、江渡貝の表情を歪ませた。
江渡貝は面倒くさそうに肩にかけていた学校指定のナイロンバッグの持ち手を握り直した。
どこに鍵を置いてきたのだろうか、と江渡貝は今日一日の出来事を思い返していた。
今日は移動教室のため、古い校舎での授業だった、と思い返していたところで江渡貝は表情を暗くした。
きっと旧校舎に鍵を置いてきた。たしか授業中にポケットの中が重いような気がして鍵を出して机の上に置いてきてしまったのだ。
忘れ物をした場所がいつもの校舎であれば、人気のない学校内を歩かずに済んだのに、と江渡貝は日中の自分自身の行動を悔やんだ。
夕方に人気のない旧校舎へ向かわなければならない。
面倒くさいという気持ちも大きいが、それ以上に、好きでもない肝試しをさせられているようで、学校に向かう足取りは自然と重くなる。
自宅から学校へ続く通学路を抜け、校門へ向かえば、運動部が片付けを始めているグラウンドが見えた。
遠くの方から微かに吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。
昇降口で革靴を脱ぎ、すのこの上で内履きに履き替える。
校舎内に入っていけば、部活動を終え、帰り支度を終えた生徒たちとすれ違う。まだ学内には人がいるようだ。
だが、江渡貝の向かっている場所は、人の立ち入りのほとんどない旧校舎だ。
今の校舎と旧校舎とは渡り廊下で繋がっている。
江渡貝は普段の校舎の廊下を通り抜けて、旧校舎へ続く渡り廊下へと向かった。
そして、鍵のかかっていない旧校舎の出入り口へ足を踏み入れると、古い建物のにおいがした。
風で吹き晒しの渡り廊下と違い、校舎の中は暖かそうだ。日が落ち始めているが、学校の中はまだ明るい。
しかし、旧校舎の中はしん、としていた。
幽霊なんていない。赤い西日が江渡貝の瞳を射す。まだ外は明るい。けれども、放課後の誰もいない校舎は怖い。
壁一枚を隔てただけだというのに、外の雑音と切り離されたように古い校舎の中は静かだった
夜の気配が近づく学校は言葉に言い表せぬ不気味な気配が漂っている。
江渡貝の通う第七高等学校は旧校舎があるように、昔からある高校だが、学校の七不思議や怪談話はほとんどなく平和な学校だったはずだ。
しいて言うなら、明治時代から生きているはちわれの白黒の化け猫が一匹住み着いている、という噂話がある程度だろうか。そうはいっても、たかが猫だ。江渡貝は自分自身に言い聞かせるように、大丈夫だと独り言を言った。
幽霊だとか、妖怪だとかそんなものを信じてはいないが、夕陽で赤く色づいた空間はどこか化け物じみて見える。そもそも帰宅部の江渡貝には夕方の校舎は珍しい空間だった。
放課後の旧校舎の廊下には人の気配はなく、江渡貝の足音だけが響いている。長い時を経て、降り積もった埃や湿気を吸い込んだ建物のにおいがする。
ゴムの上に樹脂を塗ったような廊下は長いことワックス掛けすら行われていないらしい。
ぼんやりくすんだ深緑色の床の上を江渡貝は歩いていく。
旧校舎は古い設備のままの建物だ。そのため、老朽化に伴い、今年の春頃に取り壊される予定となっている。
そのため、旧校舎では今回のように空き教室で授業が行われることもあるが、ほとんどの教室は不用品置き場として使われている。放課後は教員が戸締りのために見回りに来る程度で、部活動も行われていない。
江渡貝たち三年生は春に学校を卒業する。卒業とほぼ同時期に旧校舎は取り壊しに入るようだが、古い建物での授業はほとんど行われていなかった為、喪失感はあまりない。
江渡貝は何気なく廊下の先に視線をやった。
教室の壁が影になり、廊下に暗い影を落としている。不気味な雰囲気に気圧され、江渡貝は緊張で手のひらに汗が滲むのを感じた。
江渡貝は早歩きで例の教室を目指そうとしていた。
すると、ポーンと音が聞こえてきた。
澱んだ空気に一筋の風が吹くようなピアノの音だった。
もう一度、ピアノの音が聴こえてきた。次はピアノの音を確かめるような一音だった。
ピアノの音が止まる。それから、ひと呼吸あけると深く息を吐き出すように、歌うようにピアノの演奏が始まった。
真珠が零れ落ちるような丸い艶々した音が流れはじめた。
「吹奏楽部かな……」
江渡貝は思いついた言葉をぽつりとつぶやくが、この学校では旧校舎での部活動は禁止になっていたはずである。
つまり、この演奏は吹奏楽部のものではない。
それならば誰がピアノを弾いているのだろう。心霊現象だろうか。この学校にピアノを演奏する幽霊が出るなんて噂は聞いたことがない。
「こんな時間に誰だろう」
どんな人が弾いているのだろう。こんな誰もいない校舎に入ってピアノを弾く不束者。いたずらでこっそりピアノを演奏するにしては落ち着いた音だった。どこか情熱や悲しみを秘めている演奏だ。この曲は何と言うのだろう。
もし音楽室に行って幽霊がいたら、と考えると江渡貝の足は止まりそうになった。しかし、この演奏を聴いていると不思議と恐怖心は薄れていた。
江渡貝は音に導かれるようにして、ピアノの音が漏れる教室へと向かった。
音の発生源が近づくにつれてピアノの音色は色濃くなっていく。聞こえてくるのは練習曲か何かだろうか。江渡貝は音楽に詳しくはない。
江渡貝はたどり着いた音楽室のドアの前で足を止めた。
音楽室の銀色のドアに触れた。江渡貝は金属の冷たさに一度手を止めた。
それに、もしもドアを開けた先に誰もいなかったら。その様子を想像すると、ぞっとした。
けれども、演奏しているのが幽霊なのか人間なのか、どんな人物なのだろうと江渡貝は興味があった。
好奇心と、いまだ続いているピアノの演奏の魅力に押し負けるようにして、江渡貝は音楽室のドアを開けた。
音楽室はオレンジ色に染まっていた。ちょうど、沈みかけている太陽の光が音楽室を照らしているからだ。
ピアノの椅子には誰かが座っているが、太陽の光が逆光になり人影しか捉えることができなかった。
誰がピアノを弾いているのだろう。目を凝らしてみるものの、顔はよく見えない。
その人物に惹かれるようにして江渡貝は音楽室のドアの前に立っていた。奏でられる音楽以外、時間が止まってしまったかのようだ。
レースのカーテンが風に揺れた。
初夏の熱気をはらんだ風が教室の中へ入り込む。風に揺れた木々の葉が、夕日の光を遮った。
夕陽の光が逆光となり、見えていなかった演奏者の顔が見えるようになる。そこにいたのは教員の鶴見だった。
鶴見は白い額当てが印象的な教師だ。担当科目は理科である。理科の教師が何故ピアノを弾いているのだろう、と江渡貝は思った。
「鶴見先生」
江渡貝の呼びかけに、一瞬、鶴見の意識が江渡貝のほうを向いた。
鶴見は江渡貝の存在に気付いているが、曲の途中で演奏を止めたくないらしい。
少し待ってくれと言いたげな視線を江渡貝によこす。
鶴見の指先は鍵盤の上を滑らかに動き回っている。鶴見が奏でているのは何という曲なのだろうか。
江渡貝は音楽室を見渡した。ピアノのほかにはほとんど何もない音楽室だ。使われていない机は教室の端に積み上げられており、部屋の奥には錆びた譜面台が寂し気に壁に立てかけられていた。
江渡貝は鶴見の演奏に耳を傾けながらピアノに目を向けた。三脚の黒々としたグランドピアノだ。
三角形の緑のメトロノームがピアノの横の机に置いてある。鶴見は、きりの良いところまで曲を弾き切ると江渡貝の方を向いた。
「江渡貝くんかな」
江渡貝と鶴見は授業以外での接点はなかった。鶴見に名を呼ばれ、江渡貝は肩を緊張させた。
「はい」
何と返せば良いのか分からず、江渡貝は視線を外して返事をした。
一方で鶴見は音楽室の入り口に棒立ちしたままの江渡貝を不思議そうに眺めていた。
数秒の後、江渡貝の緊張を察した鶴見は「入らないのかい?」と江渡貝に尋ねた。
実際のところ江渡貝は私物を探しに来ただけであり、音楽室へ入る用事はなかった。
「江渡貝くん」
しかし、名を呼ばれた江渡貝は鶴見のいる黒いピアノの脇へ歩み寄っていた。江渡貝はピアノの側板に手を置いたが、慌ててその手を避けた。
ピアノは空き教室に置かれていたわりには手入れがされているようだった。
今、江渡貝が触れたところに一点だけ手のひらの跡がついてしまっているが、表面は丁寧に磨かれており、埃も積もっていない。もしかしたら吹奏楽部のピアノよりも手入れが行き届いているかもしれない。
「何か、忘れものかな」
鶴見はハンカチほどの大きさの布で鍵盤を拭きながら江渡貝に尋ねた。
旧校舎は建物の老朽化が進み、部活動や不必要な立ち入りは禁止するように言われていた。そのため、鶴見が江渡貝に質問したのは、こんな時間に江渡貝が空き教室に忍び込む理由を聞き出すためでもあるのだろう。
「はい、教室に忘れ物を取りに来ていたんです」
「探すのを手伝おうか」
鶴見はピアノの周りを見渡すような仕草を取る。鶴見はここの音楽室に忘れ物をしたのだと思っているのだろう。
「いえ、音楽室ではなくって。ほかの教室に鍵を忘れてしまって」
「そうなのか。それは見つかったのかい?」
どぎまぎした様子の江渡貝を安心させるように、鶴見は口元に笑みを作ってみせた。
「いえ、これから探しに」
「見つかるといいねぇ」
「そういえば、ここに本が置きっぱなしになっていたんだ。持ち主に心当たりはないかい?」
鶴見は椅子のうしろから本を取り出して江渡貝に差し出した。急に本を差し出され、江渡貝はきょとんと鶴見を見つめたまま訊き返す。
「いいえ、忘れ物ですか?」
「いや、分からん」
江渡貝は本を手に取り表紙を眺めた。
この本は、動物の命の時間について、生物学の初心者向けに書かれた内容の本だ。
かつて、鶴見が授業中に生物学の入門にと、この本を薦めていたため、江渡貝もこの本を読んでいた。
江渡貝は久しぶりに見かけたこの本に懐かしさを感じながら、何気なく一ページ目を開いた。
すると、本の一ページ目に紙が一枚挟まっていた。
江渡貝はレシートか何かだろうか、とその紙を裏返そうとした。だが、それを何か確認しようとしている江渡貝に鶴見が声をかけた。
「江渡貝くん、この本は図書館のものだろう。時間のあるときで構わないが、届けておいてくれるかい?」
鶴見に頼まれ江渡貝は頷いた。鶴見の言う通り、背表紙には図書館のものと思われるシールが貼られていた。
「わかりました。ところで先生はいつもここでピアノを弾いているんですか」
鶴見は音楽の教師でも、吹奏楽部の顧問でもない。何故薄暗い音楽室でピアノを弾いているのだろう。
そんな疑問も含む訊き方であったが、鶴見はそれを無視し、うん。とだけ返した。
「練習ですか?」
「気分転換」
江渡貝の質問に答える気がないのだろう。鶴見はそれだけ答えると目線を鍵盤へと戻した。
あの、と江渡貝はおずおずと鶴見のほうに目をやった。
「今日はもう弾かないんですか?」
ピアノの原理を思い出しながら、江渡貝はピアノの脇から見える白いフェルトや針金をちらりと見た。
ピアノは鍵盤を押すことで白いフェルトの部分がワイヤーを叩き音が鳴る。直線のワイヤーと白い繭のようなハンマーが先ほどの音楽に繋がっている。
「一曲だけ弾くけれど」
鶴見は体をピアノへ向かわせた。そして、鍵盤に手を構える仕草をし、江渡貝に顔を向けた。
「聴いていても良いですか」
「うん」
いいよ、と言うのと同時に鶴見の両手が鍵盤の上で滑らかに動き始めていた。
あぁ、まただ。と江渡貝は心の奥で呟いた。
鶴見の指先が動く度に一粒ひとつぶの音の種が辺りに散った。音の種は蔦のように広がり、つぼみが生まれ広がっていき、花が咲いていくように音楽を作り出す。
気が付くと江渡貝は演奏する鶴見に見惚れていた。
演奏を終え、一息つく鶴見に江渡貝は一歩近づいた。
「鶴見先生」
「ん、何だい?」
「あの、また来てもいいですか」
江渡貝の問いに鶴見は頬を緩めた。
「みんなに秘密にしておいてくれるのなら」
普段は立ち入りを歓迎されていないから、と続けると鶴見は人差し指を唇に当てた。
江渡貝は、遠い存在だった鶴見との距離が急に近付いたように感じた。心臓のあたりがどくどくと脈打っていた。
「わかりました。あの……それじゃ、さようなら」
自身の心の変調に戸惑いながら江渡貝は、鶴見から受け渡された本を持ち、ぎこちないお辞儀をする。
「うん、気を付けて帰るんだよ」
江渡貝は顔が熱くなるのを感じた。顔色の変化を隠すかのごとく江渡貝は、慌てて鶴見から目線を逸らした。
そして、江渡貝は鶴見に背を向けると、音楽室から早足に歩き出した。

一歩、音楽室を出れば、夜の気配を沁み込ませた廊下が続いていた。
普段使っている校舎ならば、校庭から聞こえる運動部の声や、吹奏楽部の練習曲が聴こえてくる。それに比べ、旧校舎の廊下は静まりかえっており、心なしか肌に感じる空気も冷たい。
今は鶴見もおらず、人気のない廊下にひたひたと江渡貝の足音だけが響いている。
人の話し声ひとつない空間はやはり不気味である。
先ほどまで江渡貝は鶴見と同じ教室にいたため、尚更そう感じるのかもしれない。
廊下には蛍光灯がついているが、新しい校舎で使われている明かりと比べると少々薄暗い。
早く鍵を忘れた教室へ向かおうと、江渡貝は廊下を進んでいく。
本の間から紙が滑り落ちた。先ほど、音楽室で手に取ったものだろう。紙には何か文字が書かれているようだった。
江渡貝はそのメモを指先で摘みあげた。
そこには、『こんにちは』とだけ書かれていた。
しおりのように挟まれていた定期券程度の大きさの白い紙だ。裏側を見るが何も書いていない。
誰かが授業中に手紙を回していた後だろうか。
よく見れば、昨日の日付が描かれている。
江渡貝は胸ポケットに刺していたボールペンを持つと、『こんちには』という返事と今日の日付を書き足した。
江渡貝は本に紙を挟み直した。これを読む相手の顔はわからない。江渡貝は満足げにボールペンを胸にしまう。机の上に落書きをしているみたいだ、と江渡貝は思った。
恐らく暇つぶしのメモを残したのはこの学校の誰かなのだろう。
メモの持ち主に関するヒントはないだろうかと、江渡貝は本を裏返し、貸し出しカードを取り出した。
長期間、誰にも借りられていないのか、日付は二十年前で止まっていた。記名はされていない。
まさか二十年前からあの音楽室にあったのだろうか。江渡貝は唇を尖らせてじろりと本を睨んだ。
たしかにページを開けば古い紙と微かなカビのにおいがする。小口の部分は日焼けして薄茶色に変色していた。
書かれたメッセージをもう一度確認する。誰かが遠い昔に悪戯したのかもしれない。
もしくは、無断で図書館から本を借りていたずらでメモを残したのか。
だとすれば、どちらにせよ返事は来ないだろう。
存在しない相手へのメッセージを書くのは、たとえ一言であっても、寂しいように感じる。
少し胸の奥が冷えたように感じた。
萎えた気分のまま、江渡貝は鞄と、鶴見から受け取った本を持つと、昼間、授業を受けていた教室へ向かった。
廊下には蛍光灯の明かりはあるが、教室の中までの電気はついていない。
江渡貝はようやく目的の教室に到着した。やはり夜の闇に沈む教室は不気味で化け物でも出てきそうな雰囲気だ。
窓ガラスに反射する廊下の灯りすら得体の知れない生き物のように見えてくる。
江渡貝は教室の入り口の外から、部屋のスイッチに手を伸ばした。明かりも点けずに真っ暗な教室に入るのは躊躇われたからだ。
蛍光灯はりりり、と鳴ると青白く室内を照らした。江渡貝は足早に座っていた窓際の席へ向かう。
案の定、江渡貝が着席していた机の上には探していた家の鍵があった。キーホルダーとして付けているシロクマがころんと転がっている。
江渡貝は肩に掛けていた鞄と本を一旦椅子の上に置いた。
無事に自宅の鍵と再会できたことにほっと溜息をつきながら、江渡貝は鍵をズボンのポケットに滑り込ませた。
その他に忘れ物はしていないだろうな、と江渡貝は用心深く、机の中を覗き込んだ。
机の中には特に何も入っていないようだ。
早く帰ろう、と再び鞄を持ち上げる。教室を出ようと、一歩踏み出すと、江渡貝の横で小さな物音がした。
何だ、と思わず江渡貝は音のした方へ目を向けた。

見ない方が良いかもしれないと思ったものの、江渡貝の判断は一秒遅かった。
視線の先には、金色の目をぎらぎらさせた白黒の猫がいた。はち割れの猫である。
この学校に現れる化け猫の噂が江渡貝の脳裏をよぎった。
猫はネズミのお土産を口に咥えたままどこかへ向かっているところだったらしい。江渡貝と目が合うと、猫は驚いたように目を丸くして大きな口を開けた。
「にゃぁぁ」
猫が鳴くと、ぽとりとネズミは床に落ちた。
猫は威嚇するように真っ赤な口を開けている。
驚いた江渡貝は、ぴょんと跳ね上がり、悲鳴を上げるより先に猫から逃げるように教室の外へ駆け出していた。
教室の電気を消し忘れてしまった。けれども、今は猫から逃げることが最優先である。
江渡貝は転びそうになりながらも、全速力で旧校舎の出入り口を目指す。
息を切らせながらも、渡り廊下を走り抜け、おなじみの校舎の廊下に飛び込んだ。
見慣れた白い樹脂の床と明るい蛍光灯の明かりに、江渡貝は安堵の溜息をついた。
ちょうど鉢合わせた部活動帰りの下級生が、変質者を見るような目で江渡貝をちらちらと遠目に見ている。
見世物じゃないと、言いたい気持ちもあるが、息切れと極度の緊張からの解放で江渡貝はその場にしゃがみこんでいた。
江渡貝は現代に戻って来た安心感に思わず天を仰ぐ。
冷静になって考えてみれば、さっきの猫はただの白黒のはち割れの猫だったのではないだろうかと江渡貝は思う。
しかし、旧校舎という言葉の響き、夜の学校というシチュエーションではただの猫でさえ怖いと感じてしまうのは仕方ないことだ。
「あ……」
江渡貝はひとつ思い出したことがあった。
自宅の鍵は持ってきたけれど、鶴見から預かってきた本を旧校舎の教室に忘れてきてしまったのだ。
けれども、あの恐怖を思い出すと、もう一度、暗くなった旧校舎に引き返す気は起こらなかった。
本は、明日の日が出ている明るい時間に取りに行けば問題ないだろう。
江渡貝は昇降口の方をぼんやりと眺めながら、まぁいいかと呟いた。

翌日の放課後、江渡貝は再び旧校舎へ向かっていた。
もちろん、忘れた本を取りに行くためだ。
昨日見かけた猫はきっとただの猫だ。怖いものではない。そう言い聞かせながら、江渡貝は渡り廊下を進んで行く。
それから、もうひとつ気になっているのは鶴見のことだった。
時々旧校舎の音楽室にいるのか、それともよく来ているのか。直接本人に聞き出せれば話は早いのだが、授業中にそんなことは訊けないし、わざわざ職員室に行って聞くようなことでもないように思えた。
今日は授業が終わってすぐに旧校舎へ向かっているため、まだ外は明るい。窓の外は穏やかな青空が広がっている。
空き教室の並ぶ廊下を進んでいき、目的の教室を見つける。窓際の席には昨日のまま本が取り残されていた。
江渡貝は本の表紙に積もっていたほこりを払い落とすと、本を開いた。そして、一ページ目に挟み込んだメモを取り除こうと手に取った。
江渡貝は何気なく、メモを眺めた。すると、江渡貝が書いた、挨拶に対する返事が書き込まれていた。
『こんにちは』と書き足された文字の下にはメッセージが一言添えてあった。
まさか返事がくるなんて、と江渡貝は紙の筆跡をじっと見た。
丸くもなく、角ばってもいない。特別上手いともいえないが、全体的に整った文字が書き足されている。
筆跡から考えて、はじめにこのメッセージを書きこんだ人物と同一人物だろう。
『私はもうすぐ学校を卒業します。卒業式まであと五日』
同じ三年生だったのかと、江渡貝は手紙の相手に対して急に親近感を覚えた。文字通り、同級生ならばクラスメイトかもしれないし、隣のクラスの生徒かもしれない。
『僕も三年生です。卒業式、楽しみだけどさみしいですね』
江渡貝は、メッセージに対する返事を書き足した。
そして、もう一度本の間にメモを挟む。本来ならば図書室へ返すべきなのだろう。
だが、貸し出しカードの日付は二十年前までで止まっており、それ以来借りられた形跡はない。
そう考えると、顔の見えない同級生との文通をするために本を借りていても罪には問われないだろう。
あと五日で卒業式だ。メモを使った遣り取りをするのも、受験も終わり暇を持て余した高校三年生にはちょうど良い遊びなのかもしれない。
本を閉じ、椅子から立ち上がろうと机の上に手を置くと、ちょうどピアノの音がした。
「あ……」
立ち上がり、誰もいない教室を見渡せば、窓から射し込む光で部屋の中のホコリが反射して輝いている。
江渡貝は全身が甘い緊張に包まれるのを感じていた。
体の奥で心臓が、どきどきと脈打っている。
全身が緊張していた。そわそわと足元が落ち着かない。
江渡貝は鶴見の目を思い出していた。
昨日会ったばかりだというのに、記憶の中の鶴見は夕陽に照らされて、ぼんやりとしか思い出せない。どんな顔の人だっただろうか。
江渡貝の足は自然と音楽室へと向かっていた。
ここなら咎められることはない。江渡貝は誰もいない廊下を走っていく。
猫に驚いて逃げている時とは違う。なかなか音楽室に辿り着かないもどかしさが江渡貝の胸を焦がす。
一歩一歩足を進めるごとにピアノの音が鮮明に聞こえてきた。
昨日はぴったりしまっていた音楽室のドアは、微かに空いていた。江渡貝にいつでも入って良いよ、と言っているかのようだ。
ドアに手を掛けスライドさせると、ピアノの音が止んだ。江渡貝は恐る恐るドアの隙間から中を覗いた。
おや、と鶴見は顔を上げ、ドアの隙間から顔をのぞかせている江渡貝を見た。
「鶴見先生っ!」
「あぁ、江渡貝くんか」
江渡貝は名を呼ばれると、嬉しそうに頬を紅潮させた。
「音楽が聴こえてきたので、来ちゃいました」
弾むような声で江渡貝は瞳を輝かせながら答えた。
「あちらの校舎まで音が漏れていたかな」
一方で鶴見は、まずいなと渋い顔をしてあごにしわを寄せた。
「いえ、こっちの校舎に入ったら聞こえてきたんです」
また忘れ物しちゃって、と江渡貝は舌を出した。
「あの……今日も弾くんですか、ピアノ。聞いていっても良いですか」
「どうぞ」
そう言うと鶴見は、これから演奏をするピアニストのように仰々しく肩を動かしてみせた。
そして鍵盤に両手を置くと、息を吐き出すように音楽を奏で始める。
ピアノを弾きながら鶴見は江渡貝をちらりと見た。
江渡貝は直立不動で目から星を零しながら鶴見の方をじっと見ていた。

鶴見は、教壇に立った際に感じる生徒たちからの視線には慣れている。だが、音楽を演奏している様子を見られることには慣れていない。
中途半端な距離から感じる江渡貝の視線に、いよいよ演奏しにくくなった鶴見は、音楽のテンポを落としながら江渡貝に声をかけた。
「そこで聴いていないで、こっちに座ったらどうかい」
ピアノの奥にはもう一脚椅子が置いてあった。
黒塗りで高さを調整できるようになっており、座る部分はえんじ色をしている。連弾用の椅子なのだろう。
グランドピアノの大きな本体から回り込み、江渡貝は椅子に座った。椅子の高さを調整する部分は古くなっているからだろう。座ると軋んだ音がした。
ここの音楽室にも過去のものばかりが置かれている。
仕方のないことなのかもしれないが、ピアノも椅子も年季が入っている。心なしか、ピアノの音もあちらの校舎のピアノとは違うように感じた。
「鶴見先生はあっちの音楽室のピアノは弾かないんですか」
江渡貝の質問に対して、鶴見は手を動かしながら口を開いた。
「あちらは吹奏楽部が使っているし、趣味で引く程度なら、調律はおかしいかもしれないが、このピアノで十分だ」
鶴見は一息、間を置き、溜息をつくように言葉を続けた。
「もうすぐこちらの校舎は取り壊される。きっとその時にこのピアノは処分されてしまう。あとほんの少しの間になくなってしまうのに誰も弾かないというのは寂しいと思っているだけだ」
僕もさみしいと思います。そんなありきたりな言葉しか浮かばず、江渡貝は黙り込んだ。
「そういえば、江渡貝くんももうすぐ卒業だったね。たしか、生物系の大学だ」
「よく覚えていますね」
「そりゃ、何年も教師をしているからね。それに、私は生物担当だから、将来の仲間をひいき目に見てしまう」
「ふふ、先生の授業を聞けなくなっちゃうのは寂しいです」
江渡貝は心の底からそう思っていた。
江渡貝も含め、多くの生徒は受験が終わり、残すイベントは卒業式くらいしかない。
高校三年生の授業もほとんど終えており、授業内容は補足的な内容に切り替わっていた。
そのため、まだ受験のある者を除き、自主的に授業を受けるようになっていた。もっとも学校側は皆勤賞を推進しているため、ほとんどの生徒は登校しており授業風景はいつもと大きく変わらない。
「生物の授業はあと何回あったかなぁ」
「あと……二回くらい?」
「うぅむ、そろそろ授業のネタも尽きてきたなぁ。何か聞きたい内容とかはあるかい」
「そうですね、鶴見先生の学生時代の話とか……?」
冗談半分、けれどももう半分は本気だ。江渡貝は上目遣いに鶴見の横顔を見る。
鶴見は学生時代の思い出を振り返るように目を閉じた。それでもなお、ピアノを演奏している。
弾きなれた曲なのだろう。江渡貝は滑らかに動く指先に見惚れていた。
「難しいなぁ。学生の頃のことなんて忘れてしまったよ」
鶴見は薄っすら目を開いた。遠い昔を思い出させるような、どこか切なくゆったりした音楽が室内を満たしている。
まるで喫茶店で流れているクラシック音楽のように、その場に溶け込んでいくような音色だ。
鶴見も江渡貝も始終無言だった。
何の曲を弾いているのだろう。江渡貝は鶴見の弾く曲が気になったが、いま口を開くのは間違っているような気がした。だから、静かに鶴見のことを眺めていた。
やがて演奏は終わり、鶴見は両手を膝の上に置いて顔を上げる。
「今日はこのくらいにしようかな。外も暗くなってきた」
たしかに外を見れば、いつの間にか空の色は茜色から、薄紫色に変わっていた。
ピアノの音が止むと、途端にあたりがしんとした。
教室の時計の秒針の音だけが妙に大きく聞こえる。
「鶴見先生はもう帰ります?」
昼行性の人間という生物である以上は、無条件に夜を怖いと感じてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
江渡貝は昨晩遭遇した猫の恐怖を思い出していた。
「あの鶴見先生」
僕も一緒に帰りたいです、という言葉は錆び付いた鐘の音にかき消されてしまった。
この鐘は旧校舎の傍らにあり、毎日午後五時に鳴る。
帰路や皆のいる校舎で耳にするぶんには、不気味だと感じることはなかった。しかし、薄暗い音楽室の中、たった  二人だけで聞くと不安な気分になった。いまにも幽霊でも呼び出しそうな不協和音だ。
「こちらだと鐘の音が大きい。鐘が近いんだ」
心細そうにする江渡貝に鶴見は言った。落ち着いたトーンの鶴見の声に江渡貝は穏やかさを取り戻す。
江渡貝は鶴見に甘えるような目を向け、口を開いた。
「先生……一緒に帰ってもいいですか?」
「うん、一緒に帰ろう」
音楽室の外には、夜の気配を沁み込ませた廊下が続いていた。しかし、昨日と違うのは、廊下に響く足音が二人分、そして二人分の話し声があることだ。
「そういえば、先生って毎日ここにきているんですか?」
江渡貝は気になっていたことを訪ねた。
鶴見はにこりと紳士な笑顔を作る。
「うん。何日か前からこっそり」
「先生はどうしてこっちの音楽室に来るようになったんですか」
「私も江渡貝くんと同じく忘れ物をしてしまってね。偶然だよ」
「明日はきます?」
「うん」
「それなら、僕も来てもいいですか?」
江渡貝の問いかけに、鶴見はもちろん、と頷いて再び笑って見せた。

翌日、江渡貝は機嫌良く登校していた。今日は放課後に鶴見に会うのに加え、鶴見の授業もあるからだ。
時刻は午後二時。江渡貝のクラスでは鶴見が生物の授業を進めていた。
黒板には遺伝子の構造や、発見者の名前が書いてある。
「今日は八九ページまでかな。さて……」
鶴見は黒板の前で教科書を教壇の上に置くと、今日の雑談に入ろうとしていた。
開いたままの教科書を閉じ、一息ついたところから鶴見の雑談は始まる。
放課後に弾いている鶴見のピアノもこんな風に始まる。江渡貝はこの瞬間が好きだった。
「人間には好奇心や感情がある。だから、こうして学校に通って勉強をしたり、何かを知ろうと書物を読んだりする」
雑談といっても、鶴見のそれは生物や勉強に関する雑学が多い。鶴見は黒板に猫と鳥の絵を描いていた。
「そうそう、動物にも好奇心や感情があるのか。それは肯定も否定も難しい問題だ。けれども猫がねこじゃらしにじゃれることも、渡り鳥が知らぬ土地で回りの環境を確かめるような探索行動も好奇心の一種と言える」
鶴見は一息にそこまで言うと、生徒たちのほうに振り返り教室を見渡した。
江渡貝は鶴見を眺めていた。そのため、教室を見渡す鶴見と目が合ってしまう。江渡貝の心臓がどき、と跳ねた。
鶴見のことを考えると江渡貝の胸の奥は落ち着かなかった。
江渡貝は鶴見について考えないようにと、机の上のノートに目線を落とし、板書を取り始める。
板書を取りながら、江渡貝は鶴見の背中を眺めた。
すっきりと伸びた背筋、いつも整えられている髪型。年齢の割にはきゅっと引き締まった体形をしており、綺麗な人だと見惚れてしまう。
長い睫毛も、黒い瞳にも惹き込まれる。
一方で、鶴見は江渡貝の気持ちなど露知らず、黒板に文字を書き足すと、生徒の方へ振り返った。ツンと澄ました表情で雑談を続けている。
「そうそう、次の授業は遺伝子。遺伝子なんて直接目に見えるものではないから好奇心を持ちにくいかもしれないが、今では遺伝子情報があれば、美肌や将来の毛髪状況すらわかる時代だ。おや、鐘が鳴ってしまったな」
授業は終わりだ、という鶴見の合図に合わせ、今日の日直が「規律、礼」と声をかけた。

放課後、江渡貝はまっすぐ旧校舎へ向かっていた。
はじめて旧校舎へ忘れ物を取りに来た時と比べると、その足取りは軽い。
相変わらず旧校舎の中は、そこだけ時間が止まってしまったように静かで、古びた建物のにおいがする。
いつもの空き教室へ立ち寄ると、今日も変わらず机の上には例の本が置いてあった。
昨日のメッセージに対する返事は書いてあるだろうか。江渡貝は期待をしながら本を開いた。
『あなたも三年生なのですね。私はここの三組だ。』
メッセージへの返事があり、江渡貝は思わず顔を綻ばせた。同じクラスの人物なのだろう。江渡貝はクラスメイトの顔を思い出しながら、文字を追う。しかし、江渡貝は文面に違和感を覚えた。
『それにしても今日は雪がひどかった。卒業式は暖かいといいけど』
そもそもここの三組と書いてあるが、ここは旧校舎だ。それに、雪なんてここ数日間降っていない。
江渡貝は、何気なく教室の中を見渡した。そういえばここの空き教室は何組なのだろうか。
教室から廊下に出て教室の表札を確認するとそこには三年三組と記載がされていた。
わざわざこちらの教室に来て、でたらめな天気を書くだろうか。それともふざけて書いているのだろうか。
江渡貝は拭い去れない違和感に首を傾げながら、メモ紙に返事を書き込んだ。

『同じクラスだったのですね。そういえば、雪なんて降っていましたっけ』
まだ三月である。おそらく夜中に雪が降ったのだろう。そう思えば、天気の矛盾も納得できた。
江渡貝はメモを挟んだ本を机に置き、耳を澄ませた。
時刻は十六時を過ぎていた。
それならば、あと少しで鶴見のピアノが聴こえてくるはずだ。江渡貝は音楽室の方を向いた。
ピアノの音はまだ聴こえてこない。
江渡貝は教室のすみへ行き、何気なく古い黒板の前に立った。
すると、ポーン、と一度だけ。眠っていたピアノを起こすような音が聴こえてきた。
その一音はピアノの調律を試しているという音ではない。もし調律が狂っていたとしても、鶴見なら気にせずに続きを演奏するだろう。何音か試すような音が鳴る。音の連なりも何も気にしていないような音だ。
一度深呼吸するような間を置いて、やがて音楽が始まった。これは、鶴見の演奏だ。
江渡貝は鞄を持つと教室を出た。廊下を歩いて行き、音楽室の扉の前に立つ。
そして、江渡貝は確かめるように扉に手のひらを置き、ひと呼吸整えると扉を開いた。
開けた扉からそっと顔をのぞかせれば、鶴見はピアノの音に耳を傾けるようにしてピアノを弾いていた。
鶴見の閉じていた目が開き、黒目が江渡貝の姿を捉えた。
初めて音楽室で鶴見と出会ったときと同じように、あと数小節待ってくれる? 鶴見はそう言いたげな顔をしていた。
江渡貝は演奏の邪魔をしないよう、静かにピアノに歩み寄った。昨日、鶴見が用意した特等席に付くと、じっと鶴見の手の動きを目で追った。
キリのいいところまで弾くと鶴見は演奏の手を止めた。
「そうだ、今日は一緒に弾いてみるかい」
鶴見の申し出に江渡貝は狼狽えた。楽器に関してはもっぱら聴く側だからである。
せいぜい、音楽の授業でアルトリコーダーを鳴らした程度で、音楽のセンスはまったくない。
はじめてこの音楽室で声をかけた際に、ピアノを聴きたいと申し出たため、鶴見は、江渡貝に対して音楽の心得があると勘違いしているのかもしれない。
「いえ……自分はピアノを弾いたことがないので」
「じゃあ一緒に弾いてみる? 私が合図するから、その鍵盤を押してごらん」
ドレミファソラシド、と鶴見は白い鍵盤を指差した。
それから、江渡貝が座る椅子に指をさす。
「椅子ごと隣においで」
江渡貝は椅子を持ち上げ、鶴見の隣に椅子を置いた。
隣に座ると、思いのほか鶴見との距離が近かった。緊張に手のひらが汗ばんでくる。
「鍵盤に手を置いて、こんな風に」
鶴見は江渡貝の隣で、丸めた手を鍵盤の上に置く。
弾いてごらんと、鶴見に促されるままに江渡貝は鍵盤に手を置いた。
一瞬の躊躇いの後に、江渡貝は一音、音を鳴らした。
鶴見のように、音を確かめるためではない。どんな楽器なのか確かめるためだった。江渡貝は好奇心のままに白い象牙の鍵盤を押した。
演奏する鶴見の指先は軽やかに見えていたが、鍵盤は江渡貝が想像するよりもずっと固く、押すのには力が必要だった。
頼りない、もやっとした音が響く。
江渡貝はもう一度鍵盤を押した。どこか、恥じらいを残したような遠慮がちなこもった音が出た。
初めて弾くのだから下手なのは承知している。

だが、美しい音を奏でる人の前で、初めて音を出すのは緊張するし、恥ずかしいと感じてしまうのは仕方ない。
「弾きます」と言うと江渡貝は鍵盤に両手を置いた。
といっても江渡貝が弾くのはせいぜい鍵盤ひとつずつだ。
「最初はドに指を置いて」
「はい」
「始めるよ……ド」
鶴見に言われるままに、白の鍵盤を指で押す。
「ミ」
江渡貝の指先から発せられる音の粒は、鶴見の隣で音楽に変わっていた。
「まだ緊張している」
そう笑うと鶴見は江渡貝の隣で演奏を始めた。江渡貝の鳴らす音に鶴見のメロディが寄り添い、二人の音楽になる。
江渡貝の手よりも少し大きな手が鍵盤を弾く。江渡貝は鶴見の指先から生まれる音楽の隙間に音を足していく。
長い指先が白黒の鍵盤の上を慣れた手つきで動き回った。一方、江渡貝は慣れない手つきで指を動かしている。
丸い手の形は忘れずに、指先の力は強すぎないように。もっと柔らかく動かすこと、楽しむことと鶴見は言った。
「どう?」
「難しいけど、楽しいです」
「きっと、もっと時間があれば、連弾ができるようになったかもしれないな」
「そんなにすぐ上手くはなりませんって」
江渡貝は照れたように答えた。
「そうかなぁ。でも、もう少し一緒にいたかったなぁ」
一瞬、鶴見と江渡貝の小指が触れ合い、江渡貝の手が緊張にきゅと固くなった。
「それは……」
どういう意味ですか。江渡貝はそう言いかけて言葉を飲み込んだ。理由は分からないが、胸がいっぱいになって言葉が出てこなかったからだ。
「江渡貝くんは、もうすぐ大学生か」
すぐ隣で鶴見はからかうような眼を江渡貝に向けていた。
「せ、先生」
江渡貝は赤く染まった頬の熱を冷ますように、窓の外に目を向ける。日が落ち始め、空は濃い青に変わり始めている。
「あぁ、そろそろ夕方の鐘が鳴る。今日も折角だから一緒に帰ろうか?」
鶴見はピアノの鍵盤にカバーをかけ、蓋を閉めた。立ち上がるとピアノの脇にある鞄を持つ。
江渡貝も肩に鞄を掛けると鶴見の隣を歩いた。
隣を歩いてみることで、鶴見は江渡貝よりも少し背が高いことに、気が付いた。そんな小さな発見だが、江渡貝は何故だか心臓の裏側がむずかゆく感じた。
校門を出たところで夕刻の鐘が鳴り始めた。旧校舎の音楽室で聴くよりも、鐘の音は遠い。
学校の外は肌寒く、水分を含んだ冬の終わりの風が木々の葉を揺らしている。夕刻の空がだんだんと藍色に変わっている。
ツンと薫るのは道端に植えられた草花の香りだろう。歩き慣れたコンクリートの道はいつもより瑞々しく見えた。
季節は春と冬の間。
そして今は夕方、昼と夜の入れ替わる時間だ。
卒業式を間近にして感傷的な気持ちになっているからだろう。江渡貝には、今の時間が、この景色が、かけがえのないもののように見えた。
「あぁ、梅の花だ」
梅の花が咲き始めたのは二月頃からだった。江渡貝は薄闇の中、ぼんやり空を見上げている梅に目を遣った。
細く艶々した梅の枝には白い柔らかな花がまだいくつか残っている。
「いつの間にか春が来ているんだね」
春だ。四日後には江渡貝はこの学校を卒業する。
「そういえば、もうすぐ卒業式です」
江渡貝は高校を卒業し、次の月には大学生になっている。卒業は永遠の別れではない、けれども生徒と教師という縁が解消されれば、江渡貝と鶴見が会うことはほとんどなくなるだろう。
「うん、また生徒達を送り出す季節が来た。寂しくなるなぁ」
鶴見はぽつりと呟いた。鶴見はベテランの教師であり、卒業式には何度も立ち会っているはずだ。
何度も繰り返しているうちに、寂しいと思う気持ちは浮かんだとしても気持ちの切り替えは早くなる。来春補充される生徒たちで、再び鶴見の胸の隙間も補充されるのではないだろうか。
「先生なら何度も卒業式に出ているし、卒業式の寂しさなんて慣れちゃうんじゃないですか」
江渡貝は過去に送り出された生徒たちや、来春入学する生徒たちのことを考えながら、吐き出すように言った。これは嫉妬に近い感情だ。
衝動的に嫉妬で言った台詞に後悔をする。言った言葉は取り消せない、江渡貝は気を重くしながら謝る言葉を考える。
「そうだね」
江渡貝が次の言葉を思案している間に鶴見はそう答えた。
怒られるかもしれないと、身構えていたが、思いのほかあっさりした返事だった。
「江渡貝くんのことも忘れちゃうかもしれないなぁ」
ふふ、と笑う鶴見に江渡貝は目を丸くした。
きっとこの冗談は鶴見の思い遣りだ。小さな嫉妬心から生まれた憎まれ口も理解した上での言葉なのだろう。
「ひどいですっ!」
江渡貝はぺちっと鶴見の肩を叩いた。
「冗談だよ。可愛い生徒で可愛い後輩を忘れるものか」
「え?」
江渡貝は後輩ですか? と聞き返した。江渡貝の問いに対して鶴見は大げさに頷く。
「私はここの卒業生なんだ」
「じゃあ、僕の先輩ってことですか?」
鶴見がここの卒業生なんて初めて知る情報だった。
「うん、二十年ほど先輩だ。私の卒業年は雪がひどくてね。松の木が折れるほどの大雪だったんだよ。今年は雪が降らないといいけれど」
「へぇ、先生の年は寒かったんですね」
「あぁ。今年は暖かいから大丈夫だと思うが」
「それにしても、鶴見先生が先輩だったなんて、不思議な感じがします」
もしも二十年前に生まれていたら鶴見と同級生だったかもしれないのか。江渡貝は若い鶴見と話をする自分自身を想像し、目を輝かせた。
「それじゃあ先生もこの制服着てたんですか?」
「質問ばっかりだねぇ」
「探索行動、です」
「どちらかと言うと好奇心、じゃないかね。私の時代は学ランだったよ。それに髪型は丸刈りだったし」
「学ランだったんですか!」
長めの黒髪を後ろに流し、ヒゲを蓄えている今の鶴見の姿から、丸刈りの頭は想像し難かった。
「あぁ、それから学校帰りの買い食いが好きだったなぁ」
鶴見はあごに手を乗せ、昔に思いを馳せるように言った。
「買い食い?」
「そうだよ、ほら焼き芋屋さんがやってくる」
鶴見の指さした先には焼き芋屋の屋台が見えた。
春近いこの時期に焼き芋屋が開店しているのは珍しい。
薄暗い夜の街に、赤い提灯を下げた屋台がやってくる。
石焼き芋、やきいもと焼き芋屋の呼び声の録音を流しながら、焼き芋の屋台は低速で鶴見たちの方向へ向かっているところだった。
屋台とすれ違えばふわりと甘い焼き芋のにおいがした。
じっくり焼いたねっとりした金色の芋の味を想像し、江渡貝は思わず唾を飲み込んだ。
「一つ買ってみようか。江渡貝くんも食べる?」
「えっ、そんなぁ。お夕飯前なのでダメですよぉ!」
これから夕食の時間だ。しかし、一人暮らしのため、食事の調整は可能だ。ダメだと言いながらも、江渡貝はちらちらと焼き芋屋を目で追っていた。
「甘くて美味しそうな匂いがするなぁ……どうだい、江渡貝くん?」
甘いサツマイモの匂いと、鶴見の甘い誘い文句に負けて、ついにぐうぅと江渡貝の腹の虫が鳴った。
「あっ……、ううっ、焼き芋美味しそうです……。食べたいです」
「身体は正直だね」
鶴見は江渡貝の肩に手を置いて、江渡貝くぅんと笑った。そして、鞄から財布を取り出し、小走りで屋台に駆け寄ると焼き芋屋の男に声をかけた。
「ひとつお願いします」
「四百円です」
男は軍手をはめ直すと、奥の方から楕円形の焼き芋を取り出した。
ふわり、と焼き芋の皮の香ばしい甘い香りがした。
鶴見は芋の入った茶色い紙袋を受け取る。再び歩き出すと鶴見は紙袋をのぞいた。
美味しそうだね、と江渡貝にも紙袋をのぞかせる。紙袋の匂いや、焼き芋の湯気のにおいがする。中には熱々の焼き芋がひとつ入っていた。
鶴見は焼き芋を取り出した。
焼き芋の湯気とともに、甘い香りが辺りに広がる。
細長いそれを半分に割ると、更に甘い香りが強くなる。鶴見は芋の入っていた紙袋を破り、芋の本体に巻きつけた。そして、おおよそ半分になった芋を江渡貝に差し出した。差し出された芋の柔らかな、黄金の断面が食欲を誘う。
「いいんですか?」と言いながらも江渡貝は鶴見から焼き芋を受け取っていた。
熱々の芋の熱気が江渡貝の手にじんわりと伝わる。ねっとりした断面はよく見ると焼き芋の繊維がひとつひとつ毛羽立って見える。
顔面に当たる焼き芋の湯気が暖かい。
「冷めないうちに」
鶴見は早速焼き芋にかぶりついていた。がぶがぶと豪快に食べている。
「いただきます」
江渡貝もつられるように金色の断面に口をつける。
あつあつの柔らかな焼き芋を齧れば、まろやかな甘みが口の中で広がった。苦いような香ばしいような皮の渋い味を舌先に感じる。
「おいしい」
「うん、美味しい」
んん、と喉が唸った。江渡貝の口の端には焼き芋の繊維が付いてしまっている。それを見つけた鶴見は自身の頬のあたりを指差して江渡貝に言った。
「口の端っこ、お芋が付いているよ」
「あ、本当だ」
江渡貝はどこかむず痒いような気持ちで、口の端についた芋のかけらを手の甲で拭った。
じっと江渡貝の顔を見る鶴見の視線に江渡貝の顔が熱を持つ。普通ならばジロジロ顔を見られるのは不快な筈だ。けれども、今の江渡貝にはなぜだか心地良く思えた。
はふ、とひと息付けば、鶴見と目が合った。もう少しこの時間が続けばいいのに。江渡貝は靴の先に目をやる。
もう少し一緒にいたかったなぁという鶴見の言葉を思い出し、江渡貝は再び心地よいようなむず痒いような気持ちになった。生温いようなぼんやりとした夜だった。
「さようなら」
「うん、また明日」
江渡貝は鶴見にぺこりとお辞儀をした。顔を上げると鶴見は顔の横で手を小さく振っている。
いつまでも鶴見と一緒にいたいと思ってしまうが、江渡貝は鶴見へ背を向けて歩き出した。
一歩踏み出すと暗い道が続いている。鶴見から一歩ずつ離れるごとに、急に寂しさが込みあがってくる。
鶴見と過ごしている間に感じていた、心地よい緊張感が解け、江渡貝は深く息を吐き出した。
紺色の世界に白い吐息がふわりと上がる。
明日、学校で鶴見に会うことを考えると、江渡貝の胸はどきどきと震えた。どうしてこんな気持ちになるのだろう。江渡貝は思いを巡らせてみるが答えは思い浮かばなかった。
けれども、放課後の時間を思い出せば、胸の奥がきゅうと詰まったような感覚が江渡貝の胸に湧き上がる。
道端の桜を見上げれば、枝先は丸く膨らんでいた。暖かな春を待つ桜のつぼみだ。
江渡貝は桜の枝に歩み寄った。春を待つ桜に自分自身を重ねながら江渡貝は帰路を歩いていく。
いつもの曲がり角を曲がれば、道なりにクリーム色のアパートが建っている。ここの二階が江渡貝の自宅だ。
シロクマをポケットから取り出し、鍵を開け、玄関の明かりをつけた。
江渡貝は玄関の鏡に手をつきながらローファーを脱いだ。
玄関から続くキッチンを通り、部屋に向かう。
靴下を履いているが、フローリングの冷気が足の裏にしみた。
江渡貝は、ばたばたとリビングへ入り、真っ先に暖房を入れた。エアコンの機械音の後に、生暖かい風が部屋を暖め始めた。
江渡貝は制服のブレザーをハンガーへ掛け、ネクタイを緩め、ソファの代わりにしているベッドに座った。
鼻の下を擦れば、手の平からは甘い焼き芋の匂いがした。
鶴見との会話を思い出すと江渡貝の頬はじわりと熱を持った。気恥ずかしさに落ち着かず、江渡貝は唇を尖らせてみるが、口角がぐにゃりと上を向いてしまう。
ごろりとベッドに横になり、両手で自身の身を抱きしめるように自ら両手を背中に回す。鶴見のことを思い出せば、それだけで気持ちが弾んだ。
江渡貝は何度かベッドの上をごろごろと転がっていた。
「あぁ、早く明日にならないかな」
江渡貝は独り言を呟いていた。ごろり、と再び寝返りを打てば、江渡貝の身はベッドの端から床へと転がり落ちた。
うめき声を上げながら江渡貝は怠そうに身を起こすと、ようやく制服のズボンを脱いでハンガーに掛けた。
制服のズボンの尻の部分にはホコリが付いていた。
江渡貝は洋服ブラシでズボンに付いたホコリを払った。ピアノの椅子に座った際についたのだろう。
心なしか髪もホコリっぽいように思えた。早めにシャワーを浴びよう、と江渡貝は浴室へ向かった。

手早く髪と身体を洗い終えた江渡貝は、木綿のパジャマに着替えた。髪の毛先から雫がぽたぽたと落ちる。
江渡貝は肩にタオルをかけたままドライヤーを手に取った。ドライヤーの熱風を髪に当てながら、手で髪の毛をとかす。髪の毛に触れながら江渡貝は、鶴見の手ならどんな風に触れるのだろうかと想像した。
江渡貝はぎくり、と手を動かすのを止めた。
鶴見が江渡貝の髪に触れる、なんてことは起きるはずがない。江渡貝はドライヤーの熱に当てられ熱くなった頬を冷ますように両方の手のひらを頬にあてる。
鶴見の横顔を思い出して江渡貝は頬を赤らめた。そして、江渡貝は鶴見先生、とその名前を呟いた。
ここのところずっと鶴見のことばかり考えてしまう。江渡貝はベッドに身を横たえ、身体の力を抜いた。
江渡貝はベッドに体を横たえると、シロクマのぬいぐるみを抱きしめた。
江渡貝はシロクマのぬいぐるみに向かって「どうしよう」と呟いた。
ぎゅうと抱きしめると低反発のぬいぐるみは江渡貝の腕の形にへこんでいく。
もしこのシロクマのぬいぐるみが鶴見だったら、と江渡貝は考えた。
そしてすぐに、その妄想を打ち消すように頭を振る。
こんな妄想、鶴見への憧れと恋愛感情みたいなものが混ざってしまっているだけだ。
そう言い聞かせるように江渡貝はシロクマのぬいぐるみを手から離した。
江渡貝はもやもやした気持ちを切り替えるために、ベッドから起き上がった。それに、いつまでもごろごろしていないで夕食を作らねばならない。
もう少し一緒にいたかったなぁ。江渡貝はもう一度頭の中で鶴見の言葉を反芻する。自然と口元は弧を描き、江渡貝は軽快な動きで夕食を作り始める。
上機嫌な鼻歌が自然と漏れた。無意識のうちに歌う鼻歌は今日、鶴見と演奏した曲だった。
「あぁ、早く明日にならないかな」
江渡貝は再びそう言うと、くふくふと笑った。

翌日も陽射しの暖かな日であった。
すでに、必要な学習項目を終えた国語では、各自が小説を読むという実質自習のような授業が行われていた。
江渡貝はというと図書室で借りてきた短編小説を読み終えてしまっていた。
校庭からは体育の授業の声が聞こえてきた。江渡貝は何気なく校庭の方に目をやった。
校庭の木々は徐々に春めいてきていた。広葉樹の並ぶ中、校門側に松の木が一本生えている。その松の木は斜めに曲がって生えている。
松の木は過去に一度折れている。きっと、昨日鶴見が言っていた例の松の木があれだろう。折れても育つのか、と江渡貝は感心したように松の木を眺める。
二十年前の大雪の日に折れて、この辺りではニュースになっていた、と鶴見は言っていた。
江渡貝は鶴見のピアノの音色を思い出す。頬杖をつきながら、江渡貝は早く放課後にならないかな、と教室の時計を眺めていた。

江渡貝にとっては待ちに待った放課後がやってきた。
初めて旧校舎を訪れた時とは打って変わって軽快な足取りで江渡貝は渡り廊下を歩いていく。
三年三組の教室に入れば、いつも通り机の上に、本が置いてあった。
表紙に積もった埃を手で払い、本の一ページ目を開く。
『雪、ひどくなっていますね。校庭の松の木がついに折れてしまいましたね。卒業式が心配です。』
「校庭の松の木?」
江渡貝は書かれていた単語を繰り返し、首をひねった。
たしかに、校庭の松の木は過去に一度折れている。
昨日の鶴見の話で、江渡貝が学校に入学するよりも昔に、積雪で折れ曲がってしまった、という事は知っていた。
「ついに折れてしまった……?」
まるで、つい最近松の木が折れてしまったかのように、メッセージは書いてある。
これは、江渡貝をからかっているのだろうか。それとも、江渡貝が手紙のやり取りをしている人間は何年も前の人間なのだろうか。
たった一晩置いていただけで埃まみれになる本の表紙を眺めながら江渡貝は考えた。
『二〇一九年三月十二日に僕はこのメッセージを書いています。あなたがいるのはいつなのですか?』
一体この文通の相手は何者なのだろうか。江渡貝はメモに残された文字をじっと見つめながら考えた。

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