原稿進捗20191108

読み返していると、全体的に変なんじゃないかとか、いろいろかんがえてしまう…。
私の小説は萌え語りの延長線上にあるので、気にしない、気にしないと言い聞かせながら書き上げていこう。。。

江渡貝の呼びかけに、一瞬、鶴見の意識が江渡貝のほうを向いた。
鶴見は江渡貝の存在に気付いているが、曲の途中で演奏を止めたくないらしい。
少し待ってくれと言いたげな視線を江渡貝によこす。
鶴見の指先は鍵盤の上を滑らかに動き回っている。鶴見が奏でているのは何という曲なのだろうか。
江渡貝は音楽室を見渡した。ピアノのほかにはほとんど何もない音楽室だ。使われていない机は教室の端に積み上げられており、部屋の奥には錆びた譜面台が寂し気に壁に立てかけられていた。
江渡貝は鶴見の演奏に耳を傾けながらピアノに目を向けた。三脚の黒々としたグランドピアノだ。
三角形の緑のメトロノームがピアノの横の机に置いてある。鶴見はきりの良いところまで曲を弾き切ると江渡貝の方を向いた。
「江渡貝くんかな」
江渡貝と鶴見は授業以外での接点はなかった。鶴見に名を呼ばれ、江渡貝は肩を緊張させた。
「はい」
何と返せば良いのか分からず、江渡貝は視線を外して返事をした。
一方で鶴見は音楽室の入り口に棒立ちしたままの江渡貝を不思議そうに眺めていた。
数秒の後、江渡貝の緊張を察した鶴見は「入らないのかい?」と江渡貝に尋ねた。
実際のところ江渡貝は私物を探しに来ただけであり、音楽室へ入る用事はなかった。
「江渡貝くん」
しかし、名を呼ばれた江渡貝は鶴見のいる黒いピアノの脇へ歩み寄っていた。江渡貝はピアノの側板に手を置いたが、慌ててその手を避けた。
ピアノは空き教室に置かれていたわりには手入れがされているようだった。
今、江渡貝が触れたところに一点だけ手のひらの跡がついてしまっているが、表面は丁寧に磨かれており、埃も積もっていない。もしかしたら吹奏楽部のピアノよりも手入れが行き届いているかもしれない。
「何か、忘れものかな」
鶴見はハンカチほどの大きさの布で鍵盤を拭きながら江渡貝に尋ねた。
旧校舎は建物の老朽化が進み、部活動や不必要な立ち入りは禁止するように言われていた。そのため、鶴見が江渡貝に質問したのは、こんな時間に江渡貝が空き教室に忍び込む理由を聞き出すためでもあるのだろう。
「はい、教室に忘れ物を取りに来ていたんです」
「探すのを手伝おうか」
鶴見はピアノの周りを見渡すような仕草を取る。鶴見はここの音楽室に忘れ物をしたのだと思っているのだろう。
「いえ、ここの教室ではなくって。一階の教室に鍵を忘れてしまって」
「そうなのか。それは見つかったのかい?」
どぎまぎした様子の江渡貝を安心させるように、鶴見は口元に笑みを作ってみせた。
「いえ、これから探しに」
「見つかるといいねぇ」
「そういえば、ここに本が置きっぱなしになっていたんだ。持ち主に心当たりはないかい?」
鶴見は椅子のうしろから本を取り出して江渡貝に差し出した。急に本を差し出され、江渡貝はきょとんと鶴見を見つめたまま尋ねた。
「いいえ、忘れ物ですか?」
「いや、分からん」
江渡貝は本を手に取り表紙を眺めた。
本自体が古くなっているが、動物の命の時間について書かれた内容の本だ。
かつて、鶴見が授業中に生物学の入門にと、この本を薦めていたため、江渡貝もこの本を読んでいた。
江渡貝は久しぶりに見かけたこの本に懐かしさを感じながら、何気なく一ページ目を開いた。
すると、本の一ページ目に紙が一枚挟まっていた。
江渡貝はレシートか何かだろうか、とその紙を裏返そうとした。だが、それを何か確認しようとしている江渡貝に鶴見が声をかけた。
「江渡貝くん、この本は図書館のものかな。時間のあるときで構わないが、届けておいてくれるかい?」
鶴見に頼まれ江渡貝は頷いた。鶴見の憶測通り、背表紙には図書館のものと思われるシールが貼られている。
「わかりました。ところで先生はいつもここでピアノを弾いているんですか」
鶴見は音楽の教師でも、吹奏楽部の顧問でもない。何故薄暗い音楽室でピアノを弾いているのだろう。
そんな疑問も含む訊き方であったが、鶴見はそれを無視し、うん。とだけ返した。
「練習ですか?」
「気分転換」
答える気がないのだろう。鶴見はそれだけ答えると目線を鍵盤へと戻した。
あの、と江渡貝はおずおずと鶴見のほうに目をやった。
「今日はもう弾かないんですか?」
ピアノは鍵盤を押すことで白いフェルトの部分がワイヤーを叩き音が鳴る。直線のワイヤーと白い繭のようなハンマーが先ほどの音楽に繋がっている。
ピアノの原理を思い出しながら、江渡貝はピアノの脇から見える白いフェルトや針金をちらりと見た。
「一曲だけ弾くけれど」
鶴見は体をピアノへ向かわせた。そして、鍵盤に手を構える仕草をし、江渡貝に顔を向けた。
「聴いていても良いですか」
「うん」
いいよ、と言うのと同時に鶴見の両手が鍵盤の上で滑らかに動き始めていた。
あぁ、まただ。と江渡貝は心の奥で呟いた。
鶴見の指先が動く度に一粒ひとつぶの音の種が辺りに散った。音の種は蔦のように広がり、つぼみが生まれ広がっていき、花が咲いていくように音楽を作り出す。

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