原稿進捗 20191106

一応校正終わりました。
でも話の矛盾とかがちらほら出てくるので、もう少し頑張ります。
あと、ワンシーンだけつるえど追加したいです。

次は表紙だ~。

拍手等ありがとうございます!がんばります!

以下、新刊冒頭サンプル

冬の終わりが近づいている。
道端に並ぶ草木も冬の終わりを感じ取っているのか、春に備えて植物も静かに息をしているように感じた。
そうはいえども、高校の制服の上に指定のコートを羽織るだけでは肌寒い。真冬と比べれば、幾分水気を帯びた風が指先を冷やす。
立ち並ぶ一軒家からは夕食の準備の匂いが立ち上っている。穏やかで温かな夕方の香りだ。
江渡貝は学校指定の黒いウールコートの中に紺色のブレザー、ベージュのベストに白いワイシャツを着てネクタイをしている。
寒さに身を縮め、背を丸める姿は冬の水辺に浮かぶ水鳥を思わせる。強く風が吹けば、江渡貝は思わず両手を強く握り、ズボンのポケットに手を差し入れた。
「あれ」
いつもよりポケットが軽い。江渡貝は嫌な予感がして、ポケットの中に手を入れて中を探る。
「鍵がない……」
江渡貝は恨めしそうに呟いた。
普段、江渡貝はズボンのポケットに自宅の鍵を入れているのだが、今日にかぎってポケットに鍵が入っていない。
鞄を探り、もう一度ポケットを探ってみたが鍵は見つからなかった。
「あぁ……学校に戻らなきゃ」
江渡貝は誰に言うでもなく、独り言を呟いた。
江渡貝はアパートで一人暮らしをしている。
母親と不仲で一人暮らしを始めた江渡貝は、このまま自宅に戻ったところで自宅の鍵がないため、一晩家の外で過ごすことになってしまう。
忘れ物をしてしまったのは江渡貝自身の過失である。
どこにもぶつけようのない不満が喉の奥に滞留し、江渡貝の表情を歪ませた。
江渡貝は億劫そうに肩にかけていた学校指定のナイロンバッグの持ち手を握り直した。
どこに鍵を置いてきたのだろうか、と江渡貝は今日一日の出来事を思い返していた。
今日は移動教室のため、古い校舎での授業だった。と思い返していたところで江渡貝は表情を暗くした。
きっと旧校舎に鍵を置いてきた。たしか授業中にポケットの中が重いような気がして鍵を出して机の上に置いてきてしまったのだ。
忘れ物をした場所がいつもの校舎であれば、人気のない学校内を歩かずに済んだのに、と江渡貝は日中の自分自身の行動を悔やんだ。
夕方に人気のない旧校舎へ向かわなければならない。
面倒くさいという気持ちも大きいが、それ以上に、好きでもない肝試しをさせられているようで、学校に向かう足取りは自然と重くなる。
自宅から学校へ続く通学路を抜け、校門へ向かえば、運動部が片付けを始めているグラウンドが見えた。
遠くの方から微かに吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。
昇降口で革靴を脱ぎ、すのこの上で内履きに履き替える。
部活動を終え、帰り支度を終えた生徒たちとすれ違う。まだ学内には人がいるようだ。
だが、江渡貝の向かっている場所は、人の立ち入りがほとんどない旧校舎だ。
今の校舎と旧校舎とは渡り廊下で繋がっている。
江渡貝は普段の校舎の廊下を通り抜けて、旧校舎へ続く渡り廊下へと向かった。
鍵のかかっていない旧校舎の出入り口へ江渡貝は足を踏み入れると、古い建物のにおいがした。
風で吹き晒しの渡り廊下と違い、校舎の中は少し暖かそうだ。日が落ち始めているが、学校の中はまだ明るい。
しかし、旧校舎の中はしん、としていた。
幽霊なんていない。赤い西日が江渡貝の瞳を射すほど外は明るい。けれども、放課後の誰もいない校舎は怖い。
壁一枚を隔てただけだというのに、外の雑音と切り離されたように校舎の中は静かだった
夜の気配が近づく学校は言葉に言い表せぬ不気味な気配が漂っている。
旧校舎もあり歴史の長い高校だが、学校の七不思議や怪談話はほとんどなく平和な校舎だったはずだ。
しいて言うなら、明治時代から生きているはちわれの白黒の化け猫が一匹住み着いている、という噂話がある程度だろうか。たかが猫である。江渡貝は自分自身に言い聞かせるように、大丈夫だと独り言を言った。
幽霊だとか、妖怪だとかそんなものを信じてはいないが、夕陽で赤く色づいた空間はどこか化け物じみて見える。そもそも帰宅部の江渡貝には夕方の校舎は珍しい空間だった。
放課後の旧校舎の廊下には人の気配はなく、江渡貝の足音だけが響いている。長い時を経て、降り積もった埃や湿気を吸い込んだ建物のにおいがする。
ゴムの上に樹脂を塗ったような廊下は長いことワックス掛けすら行われていないらしい。
ぼんやりくすんだ深緑色の床の上を江渡貝は歩いていく。
旧校舎は古い設備のままの建物だ。そのため、旧校舎は老朽化に伴い、今年の春頃に取り壊される予定となっている。
そのため、旧校舎では今回のように空き教室で授業が行われることもあるが、ほとんどの教室は不用品置き場として使われている。放課後は教員が戸締りのために見回りに来る程度で、部活動も行われていない。
江渡貝たち三年生は春に学校を卒業する。卒業とほぼ同時期に旧校舎は取り壊しに入るようだが、古い建物での授業はほとんど行われていなかった為、喪失感はあまりない。
江渡貝は何気なく廊下の先に視線をやった。
教室の壁が影になり、廊下に暗い影を落としている。不気味な雰囲気に圧倒され、江渡貝は緊張で手のひらに汗をかくのを感じた。
江渡貝は早歩きで例の教室を目指そうとしていた。
すると、ポーンと音が聞こえてきた。
澱んだ空気に一筋の風が吹くようなピアノの音だった。
もう一度、ピアノの音が聴こえてきた。次はピアノの音を確かめるような一音だった。
ピアノの音が止まる。それから、ひと呼吸あけると深く息を吐き出すように、歌うようにピアノの演奏が始まった。
真珠が零れ落ちるような丸い艶々した音が流れはじめた。
「吹奏楽部かな……」
江渡貝は思いついた言葉をぽつりとつぶやくが、この学校では旧校舎での部活動は禁止になっているはずである。
つまり、この演奏は吹奏楽部のものではない。
それならば誰がピアノを弾いているのだろう。心霊現象だろうか。この学校にピアノを演奏する幽霊が出るなんて噂は聞いたことがない。
「こんな時間に誰だろう」
どんな人が弾いているのだろう。こんな誰もいない校舎に入ってピアノを弾く不束者。いたずらでこっそりピアノを演奏するにしては落ち着いた音だった。どこか情熱や悲しみを秘めている演奏だ。この曲は何と言うのだろう。
もし音楽室に行って幽霊がいたら、と考えると江渡貝の足は止まりそうになった。しかし、この演奏を聴いていると不思議と恐怖心は薄れていた。
江渡貝は音に惹かれ、ピアノの音が漏れる教室へと向かった。階段を上がっていき、廊下を右に曲がる。
音の発生源が近づくにつれてピアノの音色は色濃くなっていく。聞こえてくるのは練習曲か何かだろうか。江渡貝は音楽に詳しくはない。
江渡貝はたどり着いた音楽室のドアの前で足を止めた。
音楽室の銀色のドアに触れた。江渡貝は金属の冷たさに一度手を止めた。
それに、もしもドアを開けた先に誰もいないことを想像すると、ぞっとした。
けれども、演奏しているのが幽霊なのか人間なのか、どんな人物なのだろうと江渡貝は興味があった。
いまだ続いているピアノの演奏の迫力と好奇心に押し負けるようにして、江渡貝は音楽室のドアを開けた。
音楽室はオレンジ色に染まっていた。ちょうど、沈みかけている太陽の光が音楽室を照らしているからだ。
ピアノの椅子には誰かが座っているが、太陽光が逆光になり人影しか捉えることができなかった。
誰がピアノを弾いているのだろう。目を凝らしてみるものの、顔はよく見えない。
その人物に惹かれるようにして江渡貝は音楽室のドアの前に立っていた。奏でられる音楽以外、時間が止まってしまったかのように江渡貝は動きが止まっていた。
レースのカーテンが風に揺れた。
初夏の熱気をはらんだ、風が教室の中へ入り込み、夕日の光が木々の葉に隠れた。
逆光となり見えていなかった、演奏者の顔が見えるようになる。そこにいたのは教員の鶴見だった。

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