秋の天体観測 つるえど

カコログに上げていたSS。気に入っていたので別ページに保存。

江渡貝は丘のある公園で鈴虫の鳴く秋夜を見上げていた。日中は空高くどこまでも青が広がっていた青空は濃紺の星空に変わっていた。
江渡貝は黒い双眼鏡を首から掛けていた。ずっしりと重いそれはバードウォッチング様の双眼鏡だ。星座を探しやすく、望遠鏡を覗くほど天体に入れ込んでいないため、双眼鏡で十分だった。
プラスチックのレンズカバーを外し、江渡貝は星座を見上げた。ニュースで聴いた情報が確かなら二十一日深夜から明日の明け方まで流星が観測できる、らしい。
ずっしりと重い双眼鏡を夜空に向け、ピントを合わせて覗いた。あまり星が見えない。都心の明かりが原因でもあるが、まだ目が慣れていないのだろう。
しばらく鈴虫の声を聴きながら、都会の空をぼんやりと眺める。夜景を眺めながら、この光の一軒一軒に人の暮らしがあるのだな、と思う。
すると、ざりりと砂を踏む音がした。そちらを振り向けばコート姿の男が一人。
「おや、天体観測ですか」
「ええ、流星を見たくて」
「そうですか」
昼は暖かさもあったが、日の落ちた夜はやはり寒い。
「ところで」
男は静かに話はじめた。江渡貝はその声に耳を傾ける。
「望遠鏡で流星探しを?」
「ええ、なんとなく、よく見えるかなと思ったんですけど」
「きっと双眼鏡では追うのは難しい」
「そうなんですか」
「今夜の流星も天から四方八方に流星は飛び出すように見えるはずだ。星と虫の声を聴きながらぼんやりと空を眺めてみると良い」
「ぼんやり……ですか」
「そう、ぼんやりと。ところで、此処にはお一人で?」
「はい。鶴見さんもお一人でですか」
「おや、名前を伝えたかな」
「あぁ、たしかに。何となく鶴見さんと浮かんでしまって」
「そうだね、そういうカンが冴える時もあるのかもしれん」
「鶴見さん」
江渡貝は確かめるようにもう一度その名を呼んだ。星空を見上げれば静かに星がまたたいている。
「そうだ、僕の名前は」
江渡貝はそう言いかけて息を止めた。遠くの空に青緑色の光がすぅ、と流れていったからだ。
「鶴見さん、見ました? 星が流れていきましたよ」
「む……見逃してしまった」
「ふふ、僕は見ちゃいました」
願い事叶うかな、と江渡貝は目を細めてもう一度空を見上げる。
「そうだ、僕は江渡貝です。江渡貝弥作。去年から札幌で一人暮らしをしています。もしよければ、連絡先教えてくれませんか」
「うん」
手元の電子機器の電源を入れれば、久しぶりの明かりに目がくらむ。
少しだけ距離の近づく二人の関係性が変わるのはまだ先のこと。そんなふたりの将来の願いを叶えるように、空高くを流星が流れていった。(終)

カコログより

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