鶴江渡鶴 言い訳 原作軸

唐突にはじまる鶴江渡(江鶴っぽいかも)よしぺろ小話。江渡貝が鶴見中尉の頭の汁を舐める描写があります。

鶴見は疲れ果てていたのだろう。
ベッドを見つけるやいなやそこへ倒れこみ、頬をシーツに付けたままげっそりした目を江渡貝へ向けた。
「疲れた」
鶴見が弱いところを見せるなんて珍しい。そもそも鶴見自身、それなりの立場におり人前では自分の本音であったり本音は明かすタイプではない。
民間人であり、軍人独特の階級を排除した立場で話せる間柄だからこそ零れ落ちた言葉なのかもしれない。
もっとも江渡貝を除く多くの人間は大なり小なり対等な立場で接することは殆どないため、江渡貝は少し特殊な例なのだろう。
「鶴見さん」
元より痩けていた頬がさらに細く窶れて見える。鶴見はじとっとした目だけを動かし、江渡貝を視界に捉えた。
江渡貝はベッドへ近付いて腰を下ろした。時折遺体を寝かせるのに使っていたことすらある、別段良いベッドではない。薄い弾力性のない敷物にかかる江渡貝の体重でベッドはぎし、と揺れた。
「江渡貝くん」
腕を上げることすら億劫なのだろう。だらりと四肢を弛緩させ、打ち上げられた鯨のようにぐったり身体を横たえたままで鶴見は返事をした。
いつもとは逆だなぁ。
江渡貝の頬がうっすら赤く染まる。瞳に鶴見の姿を捉えたまま江渡貝は鶴見の後頭部に手を伸ばした。いつも、作業にくたびれ、ふて寝した江渡貝に鶴見がそうするようにその髪を撫でた。
色素の薄い江渡貝の猫毛とは違う。硬い黒髪からは火薬の匂いがした。鶴見の体臭に僅かに残る硝煙のにおいが鼻の奥をツンと突く。
「うん、気持ちいい」
鶴見は目を閉じた。
丸まった猫を撫でている気分だ。艶のある黒髪に指先を絡めては解く。
鶴見は江渡貝を褒める時は頭を撫でてくれる。慰めて褒めて、江渡貝の顔を舐める。舐めまわした挙句口の中まで舐められる。江渡貝はそれが好きだった。
今は僕が鶴見さんを甘やかして慰めて良い時間のはずだ。
繭の中にいるような心地で江渡貝は鶴見の頭を撫で続けた。
きっと鶴見さんならこのまま僕の顔に近付いてたくさん優しくしてくれる。髭が顔に触れるとちくちくくすぐったいけれど、鶴見さんの唇は優しくて。
江渡貝は夢見心地のまま口を開いた。
「舐めたい、です」
今の江渡貝は鶴見に触れたくて仕方なかった。ただ人を褒めているだけだから、と誰に聞かせるわけでもない言い訳を心の中で呟く。
江渡貝はじっと鶴見を見た。
目の縁がじんわりと熱を持ち、鳩尾とも腹の奥とも知れぬところが熱くなった。
唇が乾いている気がした。突き上げるような感情は過去に母親から禁じられた劣情というものなのかもしれない。
江渡貝は今は無くなってしまった、生殖器の存在を思い出した。なぜ、と困惑しながら鶴見の頬に顔を寄せる。
ハァ、ハァと息が上がる。
「だが……風呂にも入って来ていない」
たしかに炭鉱も近く空気の淀んだ夕張の街や其処彼処を動き回って来たであろう鶴見は埃や汗で汚れている。
鶴見は汚いけれど良いのか? という意味合いでその言葉を言ったつもりだった。
しかし、江渡貝は鶴見の言葉を拒絶の言葉だと捉えたのだろう。まっすぐに上向きな眉がシュンと下を向いた。
「それでもいいなら君に触れられたい」
分かりやすくシュンとした江渡貝に次の言葉を投げかけるが、今その声は届いていない。
貴方は誰にも愛されないのよ!
江渡貝の頭の中には消えたはずの母の声が流れ込んできていた。江渡貝の理性を溶かしていた感情は急速に冷え、不安が胸を冷やす。
「ア……アァ、ごめんなさい」
鶴見が何か言っているような気もするが、母の声が鶴見の声を掻き消していく。耳を塞いでみるものの雑音は不安と共に頭の中に入り込んでくる。邪な感情だけで行動するのは止めなさい。気が付けば江渡貝の横には母が座り、穏やかな笑顔を向けている。
「うぅ……」
これは自分自身の中にある幻覚だと分かっているが、あまりにも現実的な記憶との邂逅に頭を押さえた。肌が粟立ち、目の前の風景が曖昧になる。指先が金属に触れているかのように冷たい。
あの時はどうしたんだっけな。薄れる意識の中で江渡貝は思いを巡らせた。
たしかにあの時、江渡貝は冷たい金属を握り、その引き金を引いた。
そもそも母親は心臓発作で死んでいたのだ。それにも関わらず剥製と妄想と共に死者の世界に生きていた江渡貝を引っ張りだしたのは鶴見だった。江渡貝はあの日、鶴見の持っていた拳銃で母の剥製は撃ち抜いている。
混乱の中、思い出した冷たい感覚は恐らく拳銃の冷たい金属の記憶だろう。
「もう君の母君はいない」
母の声と自分の意思が入り混じる雑音の中から、江渡貝は低い鶴見の声を聴いた。
「僕は……」
江渡貝は瞳を鶴見に向けた。真っ青だった唇に色が、虚ろな瞳に光が戻った。
無意識のうちに鶴見に縋り付いていたのだろう。江渡貝はベッドに横になる鶴見の身体を跨ぐようにして覆い被さっていた。
「江渡貝くん」
鶴見の大きな手が江渡貝の頬を包んでいた。頬に触れる人肌に、江渡貝は顔を上げた。鶴見の指先が江渡貝の頬骨をなぞった。鼻の奥が熱い。
「あ……」
江渡貝は頬を伝う生暖かい感触に、自分が泣いていることに気がついた。鶴見の顔に涙が雨粒のように落ちていく。
「ごめんなさい」
そうは言うものの、目の縁から勝手に溢れ出す涙が頬を伝い落ちていく。
涙を止めようと試みるが、顔に皺が寄るばかりだ。滑稽な顔を鶴見に見られたくない、と江渡貝は片手で顔を隠した。
「謝らなくていい」
「でも」
いつまでも鶴見の上に乗っているのも失礼だろう。江渡貝はベッドに手をついてそこから降りようとするが、その手は鶴見に引き止められてしまった。
泣いたせいだろう、鶴見を見る江渡貝の鼻は真っ赤になっている。
江渡貝はずびっ、と鼻をすすりながら、うわぁぁん! と口を開く。
普段は美形で西洋人形のように整った顔立ちだと言われている江渡貝だが、その泣き顔は酷い。鶴見は思わずぷーっと笑いを零した。
「酷いですっ!」
江渡貝はぷん、と頭から湯気を出した。それと同時にたらりと鼻水を垂らす。
しょうがないな、と鶴見は服のポケットから白い木綿のハンカチを取り出した。
「涙をふいて、それから鼻をかみなさい」
鶴見はハンカチで江渡貝の涙を拭き、そして、鼻の下についた鼻水を拭き取った。鶴見は鼻をすする江渡貝の小鼻をハンカチで押さえた。
「チーンとしなさい」
言われるままに江渡貝は鼻をかんだ。鶴見のハンカチを使うのは忍びないが、こんな風に甘やかしてくれる時間が堪らなく気持ちいい。
江渡貝の気持ちの切り替えは早い。通り雨のような涙はすぐに乾いた。
江渡貝はにやりと口角を上げて鼻息を荒くした。
「ふふ、今夜は僕がよしよしぺろぺろしますからね!」
江渡貝はきり、と目を釣り上げて胸を張って威張った。鶴見は目を細めて江渡貝の方へ腕を伸ばす。
「早く此処へ来ようと、風呂に入らずに来てしまった。臭くないと良いのだが」
鶴見の遠慮がちな言葉を吐きながら、江渡貝の首の後ろに手を回したままベッドに寝転んだ。
江渡貝は両手を鶴見の顔の横に下ろす。ぎし、とベッドフレームが音を立てた。
「鶴見さんはいつもいい匂いがします」
ゆっくり自らの体重を支えるようにして両腕をつけば江渡貝と鶴見の距離は一気に縮まる。僅かに思い出す発砲後の火薬の煙の匂い、そして乳香のような甘い香りを感じた。
「僕の好きな匂いだ」
江渡貝は鶴見の胸元へ鼻先を近付けた。隙なく着込まれた軍服の奥にある、鶴見の肌を思い出す。服の素材に肌荒れを起こしていたが、今は治ったのだろうか。鶴見の皮膚に想いを馳せながら江渡貝は服の上に手のひらを這わせた。
彼の胸に顔をすり寄せながら江渡貝は徐々に鶴見の顔の方まで近付いていった。
江渡貝は鶴見が自分にしたことを思い返した。同じことを真似るように、江渡貝は鶴見の顎を手で押さえ、そこへ唇を付けた。
唇でつけた印を消すかの如く、舌先を突き出すと鶴見の顎と口の間をぺろりと舐めた。顔に鶴見の髭がちくちく触れた。
下から上に向かいペロペロと江渡貝は舌を動かした。
「どうですか?」
江渡貝は媚びるような上目遣いで鶴見を見上げた。
「うん、いいよ、気持ちいい」
鶴見の手が江渡貝の髪を撫でた。親に褒められた子供のように、江渡貝の頬が上がる。
「もう少しさせてください」
江渡貝は再び顔を下に向けると、鶴見の頬に唇を付けた。江渡貝はハァ、ハァと時折悩ましげな吐息を漏らした。
味わうように舌で鶴見の頬を舐める。口で頬にかぶりついて少しだけ吸えば、先程まで江渡貝の髪を撫でていた鶴見の手が止まる。
「たまには甘やかされるのも悪くない」
鶴見はハァ、と熱い息を吐き苦しげに江渡貝の方へ顔を上げた。鶴見の睫毛はしっとりと黒い。顎と口に蓄えた髭も触れれば艶めいており、心地いい。
薄暗い部屋の中だというのに、赤く色付いた鶴見の唇がはっきり見えた。熟した果実のように江渡貝を誘っていた。
以前江渡貝を褒めた時にはたしか唇も合わせて優しくしてくれていた。だから、きっと口を合わせることは悪くないはずだ。
江渡貝は遠慮がちに鶴見の唇に触れた。まずは指先でその唇の存在を確かめるように触れてみる。
「いいよ、江渡貝くん」
蜜蜂がレンゲの花に近寄っていくように、江渡貝は誘われるままに自然にそこへ唇を合わせた。
江渡貝はそのまま唇を離し、舌先で鶴見の唇を舐め始めた。
ぺろ、と赤い粘膜に触れる。柔らかで湿った感触が心地よくてもう一度舌先でそこへ触れてみる。
唇の真ん中の隆起した部分を舌でなぞり、唇で上唇を食む。
江渡貝は唾液で濡れた鶴見の唇に思わず生唾を飲み込んだ。
ただ彼を慰めているだけの筈なのに、心が掻き乱される。
目を瞑り口元だけを動かせば、粘膜と粘膜の触れ合う湿度の高い音が聞こえる。
口の中を舐めているだけだ。そう思っても脳の奥に眠るどこか本能的な部分が疼いていた。
江渡貝は自分のしていることが急に恥ずかしくなり慌てて目を開けた。
しっとりした鶴見の目が江渡貝に向けられていた。
胸を伝う汗、シャツの中が熱気で蒸れて気持ち悪い。江渡貝はシャツの袖をめくり、昂ぶった気分を鎮めようとした。
「は……あぁっ」
一方で鶴見は艶めいた溜息を吐いた。
鶴見の額からとろりと体液が流れる。
これは鶴見の興奮が一定域に達した際に、彼の額から吐き出される一見水のようなよく分からない正体不明の物質だ。
江渡貝はそれを人差し指ですくい取り、口の中に含んでみた。それはやや塩気がありわずかにとろみのある無味無臭の液体だった。
江渡貝はハンカチでそれを拭き取ろうとする鶴見の手を止めた。こんな事言ったら怒られるだろうか、とも思うが、好奇心の方が強かった。
「鶴見さんの、舐めたいです」
江渡貝は緊張と興奮に乾いた唇を舐めると鶴見の額当てに唇を落とした。
「江渡貝くん、それは……」
鶴見は「駄目だ」と止めようとしたのかもしれない。
しかし江渡貝は鶴見の言葉を待たずにそこへ口付けた。
躊躇うことなく液体を口に含み、こくん、とそれを飲みこんだ。ほとんど喉仏のない細く滑らかな首が動く。
「は……ぁ、もっと」
江渡貝は鶴見の上唇を柔く噛む。軽く開いた鶴見の唇に自らの舌を侵入させた。
温く狭く柔らかな場所を味わう音と、もどかしげな二人分の声だけが湯気のようにしっとりと部屋の中に広がった。
衣服を着ているものの、その下の素肌を意識してしまう。絡まった足が艶かしくて気になってしまう。これ以上、鶴見と口を合わせていたらおかしくなってしまいそうだ。
息継ぎが下手で酸欠なのだろうか、目の前がぼんやり蜃気楼の中の世界にいるように感じる。好きになってしまいそうだ。ちゅ、と濡れた音と共に江渡貝は鶴見から唇を離した。
「鶴見さんのこと、好きになってしまいそうです」
情熱的な接吻の後に江渡貝は溜息をつくように悩ましげに言った。
本人はこれが恋人同士でするような行為であること、そして江渡貝自身が鶴見に恋していることを認識していないようだ。
「好きになってもいいんだよ」
冗談でも言うように鶴見は答えた。
鶴見がぎりぎりの理性で押し殺した欲情に江渡貝はまだ気付いていない。

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