鯉鶴 饅頭 原作沿い

饅頭だ。鯉登は饅頭を持っていた。何の饅頭かというと、鯉登の良く立ち寄る茶屋の娘が鯉登にくれた饅頭だ。鯉登は仕事のできる軍人だ。頭も切れる。それになによりも顔が良い。一見華やかな印象を持ち運動神経もよく、太陽に愛されたような褐色肌の美しい好青年である。ただ一つ弱点があるとすれば鶴見中尉だろう。鯉登が愛してやまないお相手は鶴見である。饅頭をくれたお嬢さんには申し訳ないほど、鯉登少尉は鶴見中尉にぞっこんであった。どうしてこの鶴見という男は若い男を引き寄せるのか。不思議な魅力と色気を放つ情報将校の目の前で今日も鯉登少尉はふにゃふにゃと理性を失っていた。この姿を茶屋のお嬢さんに見せたらどのような顔をするだろうか。

茶屋のお嬢さんが鯉登に手渡した饅頭は鯉登のぶんだけではなかった。大判の風呂敷いっぱいに「みなさんでどうぞ」と饅頭を手渡したのだ。人の厚意を無下にもできず、鯉登はその饅頭を「ありがとう」と受け取って帰ったのだ。もっとも、饅頭イコール和菓子イコール鶴見中尉という方程式の出来上がった鯉登の脳内には、饅頭を受け取った時点でお嬢さんよりも、鶴見中尉への土産ができたなという思考に切り替わっていた。もちろんお嬢さんにお礼を後日する予定だが、今一番に考えてしまうのはやはり愛しき鶴見中尉であった。

「おお、私にくれるのか」第七師団甘党代表の鶴見は喜々として鯉登から饅頭を数個引き取ると嬉しそうに饅頭にほおずりしてにおいを嗅いだ。「ところでこの大量の饅頭はどういった経緯で」それを聞けば鯉登は「茶屋の娘にもらいました」と早口の薩摩弁で答えるのであった。「わからん」という鶴見に対して、月島が間に入る。鶴見を前にすると不思議なことに鯉登という男はとたんにポンコツになってしまうのだ。「茶屋の娘にもらいました、とのことです」ひそひそと本人を目の間に行われる伝言ゲーム。月島は面倒くさいと思いながら二人の上官に今日も付き合わされる羽目になっている。「あぁ、お前は頭も器量も良いからな」「き……」鶴見から鯉登に対して投げかけられた誉め言葉に対して、鯉登はきぇ、と小さな鳴き声を上げると真っ白になって固まってしまった。「今日もお茶をぶっかけたほうがいいかな」鶴見は鯉登の顔を覗き込み、首を傾げた。

「せっかく饅頭があるんだ、早めにたべないか」ようやく冷凍から解凍された鯉登に向かい鶴見は声をかけた。月島もうんうんと頷きながら鶴見から饅頭を受け取った。ほら、と饅頭を手渡されて、鯉登は震えながらそれを受け取った。「うむ、うまそうだ」鶴見は饅頭の包み紙をあけながら饅頭をぱくりと口にする。黒糖の薄皮饅頭にはこしあんが詰まっている。柔らかなすっきりとした甘みの饅頭だ。「うん、おいしいですね」そういったのは月島だ。しかし、一向に鯉登のほうからは饅頭を食べている気配がない。そちらに目をやれば、鯉登は饅頭の包み紙を前に手を震わせながら、包み紙をあけるべく一人格闘していた。「き、きぇ……(あかない)」「大丈夫か、鯉登。」脂汗をかく鯉登に手を差し伸べたのは鶴見だった。いつも鯉登に対し、厳しめに接している鶴見であったが、なかなか饅頭を食べられない鯉登をみてかわいそうに思ったのだろう。鯉登の手に手を重ねるようにして饅頭を取ると、細長い指でぺりりと饅頭の包み紙を開く。そして、包み紙に乗せたままの饅頭を鯉登に手渡そうとした。あいかわらず、ぽかんと口を開けたままの鯉登に対して鶴見は「しょうがないな」と鯉登の口の中に饅頭をぽふりと差し入れる。「あわわ……」すると鯉登は目を白黒させてそのままうしろにぐにゃりと倒れこんでしまった。赤ら顔でにやにやとしたまま伸びている鯉登を見て月島も思わず声を上げる。「鯉登少尉!」「あぁ、ぶっかけなくてもいいがお茶は必要そうだな」饅頭を口に挟んだまま倒れている鯉登を見て鶴見はすこし嬉しそうに、呟いた。

終わり

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